聴いて楽しむ人と弾いて楽しむ人

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映像は、ピアソラ作曲の「アヴェ・マリア」をヴィオラとピアノで演奏したものです。自分で弾いてい自分で聴いて楽しめる、数少ない演奏(笑)です。
1.誰かの演奏を聴いて楽しむことが好きな人。
2.誰かに演奏を聴いてもらうことが仕事であり、それが好きな人。
さらにもう一つの分類として…
3.「自分が弾いて自分が楽しむ人」
多くの場合は、プロの演奏を聴いて楽しむというケースですが、
趣味で演奏を楽しむ人「3」の人は、「1」のプロの演奏を聴いて楽しむ人でもあります。
では、「2」のプロの演奏家は誰かの演奏を聴いて楽しまない?

私の知る多くの演奏家は、自分以外の演奏を聴いて楽しむ人がほとんどです。
さらにその「2」プロの演奏家は「3」の自分で演奏して楽しむことは、ないのでしょうか?演奏会の演奏中に、自分の演奏を聴いて楽しむことは、現実にあるのでしょうか?演奏する人によって違うとは思いますが、自分の演奏が嫌いなプロが、お客様に聞いてもらうことはお客様に失礼だと思います。
 自分の作った料理がおいしいと思えない料理を、プロの料理人がお客様にだすでしょうか?ありえませんよね。
 もちろん、楽しみ方は客席で聴くのとは違います。何より演奏するための「体力」は座って静かに聴く人と同じであるはずがありません。が、音楽を聴いていること自体は変わりません。

 趣味で演奏を楽しむ人は、プロの演奏を「真似る」楽しさなのだと思っています。もちろん、真似をしなくても楽器の演奏は楽しめます。
 ヴァイオリンを演奏できるようになりたいと言う生徒さんの中で、ヴァイオリンの演奏を聴かない、あるいはほとんど聞いたことがないという生徒さんがたくさんいます。その生徒さんが、どんなヴァイオリン演奏をしたいのかを探ることから始めます。楽しみ方にルールはありませんから、ヴァイオリンの音を出すだけで楽しいと言う方がいても不思議ではありません。ただ「演奏できるように」という演奏の「イメージ」もないと、上達することは無理かもしれません。
 ヴァイオリンでどんな演奏をしたいのか、演奏技術がないのですから、うまく言語化できないのは当然です。それでも、日常の生活でヴァイオリンの演奏を聴く時間はあると思うのです。その興味、関心がなければヴァイオリンの音を出すだけで終わってしまうと思います。
 自分が食べておいしいと思う料理を、自分で作って自分で食べて楽しむのと同じです。「料理をすることが好き」という人もいます。美味しくできなくても良いのかも知れません。料理教室に通う人がなぜ?なにを習いに行くのでしょうか。料理の仕方、包丁の使い方を習うためだけに行くのではなく、自分の料理で誰かが(自分も)食べておいしいと思う料理を作る方法を学ぶ方が楽しいと思うのです。

 演奏の技術は、どんな曲をどんなふうに演奏したいのかによって全く違います。極端に言うと、一番最初の段階である楽器や弓の持ち方から学ぶべきものが違います。少し演奏できるようになった段階でも、練習する内容が違います。
子供の場合はそれがまだ白紙の状態です。だからこそ、多くの子供に対して練習のプロセスが似たものになります。将来、その子供が演奏家になりたいと思った時に後悔しない技術を身につけさせたいと思うのが指導者です。たとえ趣味であっても、初めから妥協だけを優先して練習すれば、得られるものは何もないと思うのです。演奏家を目指すのではなく、じょうずにヴァイオリンを演奏できるようにしてあげたいと家族や指導者が思うことが、何よりも大切だと思います。
「趣味でいいので」という言葉の裏側に「妥協」や「甘え」を感じてしまうことが良くあります。一方で生徒さんの中には「趣味でもちゃんと演奏できるようになりたい」と言ってくれる人もいます。うまくなりたいと思わない人に、なにを教えれば楽しんでもらえるのだろう?と頭を抱えることが多いのが、趣味の音楽を教える私たちの悩みでもあります。

 好きな音楽に出会うことと、楽器を演奏できるようになりたいと思うことは、切っても切れない関係です。たとえ、ロックやジャスを聴くのが好きな人であっても、楽器を演奏するために必要な知識と練習はただ聴いて楽しむのとは違う、新しい世界なのです。楽器を演奏することが楽しいのは、自分の好きな音楽を自分で演奏して、自分が楽しめるからです。自分で作って自分が食べる料理が、ただ必要なカロリーや栄養のことだけを考えて作るのか、それとも美味しいと思える料理を作るのかで、全く違うのと同じです。食事はしなければ生きていけませんが、音楽は聴かなくても演奏できなくても生きることができます。むしろ、楽しむことが音楽の意味だと思うのです。楽しめない音楽なら、無理に聴く必要も演奏することも時間と労力の無駄だと思います。習うのであれば、お金の無駄にもなってしまうと思います。楽しみのために覚えたり、練習することが楽しく感じるまで「続ける」ことも音楽の楽しさを感じるための「楽しみ」だと思うことが大切だと信じています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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