演奏する場所で変わる音

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 動画は同じ曲「アダージョ・レリジオーソ」を同じ時期に、同じヴァイオリンで演奏したものです。上の動画は、地元相模原市橋本駅前「杜のホールはしもと」で、客席数525名の大きなホールです。ピアノはスタインウェイ。
メリーオーケストラの定期演奏会で使用し続けているホールです。
 下の映像は代々木上原のムジカーザ。定員200名ほどのサロンホールです。ピアノはベーゼンドルファー。
 どちらも音響の素晴らしい音楽ホールです。

 練習する場所は、人それぞれ音の響きが違います。多くの場合に、天井が低く壁も迫っている普通の部屋で、家具やカーテンなどで音が吸収されます。
音は空気の振動です。音源はヴァイオリンの場合、楽器本体から発して周囲の空気を振動させます。ピアノの場合、大きな筐体=ボディと固くて長いピアノ線から周りの空気に音として伝わります。
 音源直近の音の大きさは、狭い部屋でも大きなホールでも変わりません。音源から離れれば離れるほど、空気の振動は弱くなります。そして壁や天井に「反射」してさらに大きな空間に音が広がります。演奏者本人には、音源の音と共に反射してきた音も聴くことができます。その「戻ってきた音」の大きさと音色は、演奏する場所によって大きく違います。
 一方で客席などで演奏を聴く場合、音源からの距離が遠ければ遠いほど「反射した音」の比率が高くなります。また、空間が広く反射する壁や天井が音を吸わない素材で出来ているほど長い残響=余韻が残ります。
 建物の形状、空間の形によって残響の残り方が全く違います。
天井がドーム状になっている協会などの場合、反射した音はさらに複雑に反射します。トンネルで音が響くのと似ています。壁に凹凸をつけて反射を「制御」することができます。

・オーチャードホール:1.9秒
・すみだトリフォニーホール:2.0秒
・ミューザ川崎シンフォニーホール:2.0秒
・横浜みなとみらい大ホール:2.1秒
・新国立劇場:1.4~1.6秒
・神奈川県民ホール(本館):1.3秒
・日生劇場:1.3秒(※空席時)
・神奈川芸術劇場(KAAT):1.0秒
・大阪 新歌舞伎座:0.8秒
ホールの残響時間は、目的によって大きく違います。

 客席で気持ちよく演奏を聴けるホールと、演奏していて気持ちの良いホール。
座り心地のよい「椅子」と適度な前後の空間はホールの設計の問題です。
座る位置によって、ステージの見やすさ、音の響きはまったく違います。
 一方演奏する側から考えると、ピアノの位置と向き、ヴァイオリンの立ち位置と楽器の向き。これが最も大きな要素になります。
ストラディバリウスなどの名器は「音の指向性が強い」と言う研究結果がありますが、実際にホールで演奏し客席で聴いた場合には「聴く位置」の方が大きな差になります。どんな楽器であっても「音源の位置」とステージ上から伝わる空気の振動=「音の広がる方向と強さ」を考える必要があります。
「結局、聴く人の位置で変わるんだから」と言ってしまえば、確かにその通りです。ただ、演奏者自身に戻ってくる反射音は、明らかに変わります。
ヴァイオリン奏者にとっては「ピアノと自分の音」、ピアニストにとっては「ヴァイオリンと自分の音」の聞こえ方が、変わってくるのですから「位置」と向き」は重要な要素です。

 自宅で練習したり、吸音材で囲まれたレッスン室で練習していると、ついムキになって「つぶれた音」で練習しがちです。戻ってくる音がないのですから「デッドな音」で気持ち良くないのは当たり前です。だからと言って、ピアノで言えば「ダンパーペダル」を踏みっぱなしで演奏するのは間違いですし、ヴァイオリンで言えば、ダウン・アップのたびに弓を持ち上げて「余韻」を作る癖は絶対に直すべきです。本来、楽器の音は残響の中で楽しむように作られているのです。
畳の部屋、絨毯の部屋、ふすま、土壁、低い天井、狭い部屋で「心地良い音」を望むのは無理と言うものです。だからと言って、壁も天井もない公園や河原、野原の万課で楽器を演奏練習するのは、少なくとも弦楽器では「絶対やめて!」とお伝えします。楽器を痛めるだけです。残響があるはずもありません。
と言いつつ、その昔指導していた学校の部活夏合宿で、練習する場所が足りずに弦楽器メンバーに木陰で練習させた黒歴史を懺悔します。ごめんなさい。

 最後に、日本のホールについて書きます。
多くのホールが「多目的ホール」です。音楽に特化したホールは非常に少なく、演劇や講演会、落語など残響時間を短く設計したホールの方が多いのが現実です。
吹奏楽や打楽器の演奏会などの場合、残響時間が長いと「何を演奏しているのか聞き取れない」場合もあります。和太鼓の演奏を「禁止」しているホールもあります。杜のホールはしもとも、そのひとつです。理由は「ホールの階下に図書館がある」からです。和太鼓の音圧でホールの壁、床が「躯体振動=直接振動する」して図書館にまで音が響いてしまうからです。
 反響版のないホールもあります。


 上の映像はどちらも地元「もみじホール城山」の演奏ですが、上の映像は発表会の「おまけ」で演奏した時のもので、反響版を設置していません。
下の映像に映っている反響版は、可動式・組み立て式のものです。設置するのに二人がかりで30分ほどかかります。もちろん、この効果は絶大です。舞台上の音の広がりを前方にまとめられる効果で、客席での聞こえ方がまったく違います。録音には大差ありませんが(笑)
 音楽ホールの稼働率が低く、閉館になるホールが地方に多くあります。
運営の難しさが原因ですが、使用料の高さとホールまでのアクセスの悪さ、多くは集客の難しさにあります。少しでもクラシック音楽のすそ野を広げるためにも、ホール使用料金を公的に負担したり、アクセスの悪いホールならミニバスでも良いのでコンサートに合わせて走らせるなど、自治体や行政の果たすべきことがたくさんあると思います。「箱もの行政」と叩かれないようにするためにも、運用に必要な情報を、私たち演奏家にも問うべきです。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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