弓の毛替えを考える

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 写真は私が20歳の頃から愛用している「本番用の弓」です。
当時、弓に強い関心があってヴァイオリン職人で、楽器を斡旋してくれた田中さんにも相談していました。「自分の足で楽器屋を回って、良いと思った弓を持っておいで」とアドヴァイスされました。東京近郊のヴァイオリン専門店を回り、自分で「これだ」と思った弓を数日、貸し出してもらって南青山の田中工房へ。
 「この弓のどこがいいんだ?返してこい」の繰り返しを約1年間続けました。
この「勉強」は今も役に立っています。「北の狐」と隠語で呼ばれていた、東欧のヴァイオリニストたちが日本に来た際、外貨稼ぎに自分の弓を売っていた時代でした。その中の1本が、田中さんの手元に入り「これで弾いてみな」といわれててにしたのが、この弓です。都内で借りていた「有名な弓」よりはるかに安い金額で購入することができました。
 レッスンで久保田良作先生に弓を見て頂きました。「ほ~!違うものだね!」と大変気に入ってくださいました。その後、先生の演奏会や録音があるたびに「野村君、弓を貸してくれる?」と仰り、何度も演奏会で使って頂いた弓です。

 弓の毛は消耗します。馬のしっぽの毛は、表面に無数の凸凹があります。そこに松脂が「粘着質」なこぶを作り、弦との間に摩擦が起きて「音が出る」仕組みです。演奏すれば、少しずつ凸凹が小さく=薄くなります。松脂がいくら毛になじんでも、凸凹がなくなれば摩擦が長続きしなくなります。
 さらに馬のしっぽの毛は、人間の髪の毛と同じで、皮膚から離れた時から栄養が供給されず「経年劣化」します。水分と油分が抜け、細く・硬く変化します。
 加えて演奏中に何本かの毛が切れていきます。演奏の仕方や曲にもよります。
「どのくらいの頻度で張り替えればよい?」と聞かれることがあります。
諸説あり「200時間程度演奏した」と言う説や「1年ごとに」と言う説もあります。毎日演奏していると、なかなか気付きにくいのですが「摩擦が減った」感覚と「毛の弾力が減った」に注意することです。張り替える技術を持った職人さんはたくさんいます。弓の毛替えは、ヴァイオリン職人にとって「基本の技術」でもあるようですが、その技術差は明らかにあります。誰でも同じ…ではありません。
 自分の大切な弓の毛替えをしてもらう人を選ぶ「基準」について。
「目の前で毛替えしてくれる職人」かどうか?私はこれに尽きます。
実際、私の弓(写真の弓)の毛替えは、今まで数人の職人にしかお願いしていません。そのうちお二人は、私の目の前で20~30分で毛替え作業を終わらせてくれていました。作業しながらお話を聞かせてもらえる「技術」があります。
 楽器の修理の場合でも「信頼できる人」かどうか?の見極めは、目の前で作業を見せられう人か?見せない人か?ですぐに判別できます。もちろん、時間のかかる作業もあります。私の知る限り、剥がれの修理は1か所であれば、その場で終わらせられます。固定し完全に乾く間、職人さんに預けることがあっても信頼できる職人さんなら問題ありません。「作業を見せられない」と言う職人さんを信頼することは不可能です。

 弓の毛の「長さ」と「量=毛の数」と「張り方=バランスや重なりの有無」が悪ければ、演奏しにくくなります。演奏者の好みもあります。
 私は弓の毛を、可能な限り弱く張って演奏します。演奏する際の「張りの強さ」と「弓の毛の長さ」には大きな関連があります。
 強く張って演奏したい人は「毛箱」がスクリュー側に寄ります。
逆の場合、弓に巻いてある「革」と毛箱の隙間が狭くなり、毛箱が弓の中央に寄ることになります。
 結論として「毛替え」を任せられる職人さんとの出会いがなければ、安心して演奏することができないことになります。人間の身体と同じです。信頼できる医師に診察してもらわないと不安ですよね?楽器は「言葉を話せない」ので、赤ちゃんと同じです。何をされても言葉に出来ない楽器や弓だからこそ、信頼できる職人を探しましょう!
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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