コールタールの中で腕を動かす

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はい。タイトルがおぞましい(笑)ですが、ヴァイオリンの演奏で最も難しい「右腕の筋肉の使い方」のお話です。
演奏の難しさを「海の深さ」に例えると面白いですよ。
一般にヴァイオリンを弾いたことのない人は、左手の指が速く動くことを「すごく難しそう」と感じます。その難しさを海の深さに例えるなら「膝まで位の浅瀬」で、楽譜を読む難しさは「足首くらいまでの波打ち際」
一方で右腕の使い方は「日本海溝並みに深い」とレッスンで話しています。

さて、弓を動かすときに、あなたはどこの筋肉に、どのくらいの力を使っていますか?
私の師匠が大昔レッスンで「コールタールの中で右手を動かすような重たさ」という表現をなさいました。当時、「なんか…臭そう」と(笑)正直に思いました。道路工事で見る、真っ黒く熱く、すごくネバネバしたあの液体の中に、右手を入れたら…いやです。
要するに、腕を動かすのに「抵抗のある状態」をイメージするという意味です。
例えば、プールの水の中で歩いたり、腕を動かすのはすごく疲れますよね?
水の抵抗で足も腕も、思うように速くは動かせないものです。
もしも、もっと粘りの強い液体の中だったり、泥の中や、砂の中だと、さらに体は動かせなくなります。
実際にはそんな経験をしたことのある人は、ほとんどいません。
現実には弓の重さは?約60グラム。卵一個分ほどの重さです。
弦と弓の毛の摩擦の大きさも、きわめて小さいものです。
のこぎりで木を切る時には、刃のギザギザが木に引っ掛かり、動かすのに力が要ります。
やすりで木を削る時にも、粗い目のやすりだと、動かすのに力がいります。
普通の紙で木をこすっても、抵抗はほとんどありません。
つまり、弓を動かすときの「抵抗値」は実際にはとても小さなものです。
それを「重たいもの、抵抗の大きいものを、動かす筋肉の使い方」で弓を動かすことが必要になります。想像力が不可欠です。
右腕の動きは、空中を「3次元的に」移動します。またわかりにくい…(笑)
真上から右腕の動きを見ると、体の正面に対して、斜め前と顔の前を、手の甲が動く映像になります。
正面から右腕の動きを見ると、G線の時は、ほぼ水平に動き、Eの時に最も大きな傾斜で右手が上下に動きます。
身体の右横から右腕の動きを見ると、弓元では顔の前辺りに右手があり、右肘が右肩とほぼ同じ高さに上がるのが基本です。これはどの弦でも共通しています。
そして、弓先に移動する時、右手は少しずつ体の前方に動きます。Gであれば右手は、弓元とほぼ同じ高さのまま、前方に出ていきます。Eの場合は、弓先で右手は右腰の前辺りまで下がり、かつ前方に押し出されています。当然、右肘も大きく詐下がりますが、体の右側面、つまり胴体よりも必ず「前」に動かすことが必要です。体の真横、最悪なのは体より後ろに右ひじが下がりながら、右腕を伸ばすと、右手の位置は「右腰よりずっと右前」に移動してしまいます。つまり、弓と弦の角度が「直角」でなくなります。
右肘は、体の前方に押し出しながらダウン。アップは逆に体の側面に来るように「引き戻す」運動をすることが重要です。

これらの運動を、重たい液体の中でしようとすると?
背中の筋肉、右胸の筋肉も使わなければ動きません。
さらに、上腕(肩から肘までの力こぶのでる太い筋肉)の筋肉も、ゆっくり力を入れ続けなければ重たいものは動かせません。右肘(ひじ)の曲げ伸ばしは、上腕の内側と外側の筋肉を使って動かしています。同じ速さで、重たいものを「動かし続ける」イメージが必要です。
肘から先の前腕を動かすときも同様に、手首の角度によって、筋肉がストレッチされます。ただ、上腕に比べると「力」は少なくて大丈夫です。
右手首と右の指は?力を入れては「ダメ」なのです。
出来るかぎり優しく、自由に動かせて、敏感にしておくことが不可欠です。
例えば、壁に向かって立って、壁を「向こう側」に強くゆっくり押そうとしたら、あなたは「指」に力をいれますか?いれませんよね?入れても無駄なことを知っているからです。
ヴァイオリンの場合、強く弓を持ってしまうと、すべてが「水の泡」です。
どんなに右腕が上手に動かせても、指に力を入れてしまうと腕全体が「硬直」するからです。
腕を振って、手首と指を「ぷらぷら」「ぶらぶら」できますよね?
では、右手で強く「ぐー」をして腕を振ったら?手首は?揺れません。
弓を「握りしめる」生徒さんがいます。これは、「うまく弾こう」とすればするほど、強くなるようです。手の力、手首の力を抜くことが大切なのです。

腕の速度が速いほど「慣性」も大きくなります。
つまり、弓をゆっくり動かすよりも、速く動かすときに必要なのは「弓を返すときの慣性を意識する」ことです。
指に力をいれずに、腕の動きを「瞬間的に逆方向に動かす」のが「弓を返す」ことです。
いったん止める時にも、「突然止める」ことが大切です。減速しながら止まる動きは「意図的に」しなければいけません。デフォルトは「突然止められること」です。電車やバスが急ブレーキで止まると、ものすごい「G」がかかって、ひどいときは人間は飛ばされます。つまり、突然止まる・止めるためには、動いている時より、大きな「エネルギー」が必要になるのです。腕を突然「ぴたっ」と止める技術は、声楽家や管楽器奏者が「音を止める」技術とそっくりです。とても難しい技術だと聞いていますし、私自身うまくてきたことがありません(笑)
動き出す時も、突然。止まる時も突然。長方形の洋館を、途中で「スパッ」と切った切り口のように聞こえれば合格です。
この「急発進・急停止」から「急発進→突然逆方向に急発進→突然逆方向に急発進」と続ける練習が、日々の最初の練習だと私は思っています。
この時の「筋肉の動き」を意識すること。常に一定の力を維持し続け、運動を平均化すること。これが「同じ速度・同じ圧力で弓を動かし音を出す」ことなのです。

長くなりましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。
「想像力」をフルに使いながら練習することを心がけて、さらに技術の向上をはかりましょう!

ヴァイオリニスト 野村謙介

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