指揮者って?

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 映像は2010年8月のメリーオーケストラ第18回定期演奏会での「モーツァルト ピアノコンチェルト」を浩子さんのソロで演奏したときの「レア」な映像です。

 メリーオーケストラで現在「指揮者」を務めておりますが、わたくし「専門」はヴァイオリンとヴィオラの演奏でございます。そんな私ごときが「指揮」をできるのか?と言う自問自答?根本的な疑問?について考えながら、私の考える「指揮者とは」と言うお話です。

 「指揮者ってなにをする人?」と言うお話から。
様々な見方、考え方があると思います。指揮を専門にお仕事をされているかたにとっての考え方も色々だと思います。
 子供たちが小学校や中学校で、合唱や合奏の「指揮」をする光景は珍しいものではありません。ブログを読まれている方の中にも「指揮経験者」がおられると思います。中学校・高等学校での教員経験も踏まえて「指揮って?」を考えてみます。

 「指揮者体験コーナー」はメリーオーケストラ定期演奏会の定番でした。コロナでここ数年、実施していませんが。オーケストラを指揮することは、音楽の指揮の中で色々な楽器、たくさんの演奏者を「指揮」するという意味で最も難しい一面があります。合唱の指揮が簡単だとは思いません。吹奏楽の指揮や少人数オーケストラの指揮も違った難しさがあります。
 いずれにしても「音楽」の世界で考える指揮と、「指揮官」で連想される軍隊や集団競技で使われる指揮と、共通していることがあります。
 「集団をまとめる役割」「集団でひとつの目的を達成するための司令塔」
戦いで言えば「軍司」「策士」と呼ばれる、作戦や戦術を考える役割でもあります。
 演奏者を「まとめ」音楽を「まとめ」るための計画を立て、実践するのが指揮者だと思います。野球で例えるなら「コーチ」と「監督」を兼任する「プレーヤー」に似ています。
 演奏するひとたちが「プロ」の場合と「アマチュア」の場合で、指揮者の果たす役割が大きく違います。プロの演奏者を指揮する場合、演奏者の「技量」についての指示をすることは、演奏者のプライドを傷つける場合もあり喜ばれませんし、必要もありません。一方で、学生やアマチュア演奏者を指揮する場合には、演奏技術を伸ばしながら音楽を作る「指導」が必要です。
 アマチュア演奏者に足りない技術を具体的に指摘し、解決方法と練習方法を示すことができなければ、指揮者の注文はただの「絵に描いた餅」にすぎません。
 どう演奏すれば、どんな音・音楽になるのかを説明する能力です。
つまり「アマチュア演奏者の指揮をアマチュア指揮者が指導できるか?」ということです。「それこそ!アマチュア精神だ」と考えるのはあまりに浅はかです。
 その昔、高校オーケストラの全国規模イベントに参加した際、当時の文部省の「おえらいさん」がリハーサルを終えた夜のレセプションで挨拶されました。
「演奏が子供たちなら、指揮も子供がしたほうが良い」との仰せでした(笑)
 聴こえるかもしれない声で「だったら授業も生徒がやれば?」と独り言を言ったのは。私です(笑)音楽を知らない、指揮者の役割を知らない人にとって、ただ腕を動かして「踊っている」のが指揮者に思えるのでしょう。さすが!文部省!

 私はヴァイオリン・ヴィオラと言う楽器しか演奏できません。
チェロもコントラバスも、フルートも…数あるオーケストラの楽器の中で、演奏できるのはたった2種類。その他の楽器の中には、音も出せない楽器があります。それでもアマチュアオーケストラの「指揮・指導」ができるのか?
 演奏できなくても「上達のための正しい演奏方法」は学びました。
本で読むのではなく、実際にプロの演奏家の指導する言葉、演奏を観察し覚えました。どうすれば?どうなるのか?と言う「引き出し」をたくさん作ることが指揮者の仕事です。アマチュアの演奏技術は、個人差がプロの比較にならないほど大きいのです。練習できる環境も違います。そのひとりひとりのプレーヤー「できること」を教えなければ、いつまでたっても上達しません。
 20年間、ゼロから始めて150人の大オーケストラを育てた中で、本当に貴重な体験をしました。多くの子供たちと共に学びました。
 指揮法について最後に書きます。
世界中に様々な「指揮法」があります。どれが正しいとは誰も言えません。
演奏者が「わかりやすい指揮」もあれば「引き込まれる指揮」もあり、一方で「どこに点があるのかわからない」指揮や「音楽と無関係な動きで邪魔」な指揮もあります。それでも指揮は指揮です。
 音楽高校、音楽大学時代に数多くの「指揮者」の指揮でオーケストラを学びました。その先生方の多くは「斎藤指揮法」と呼ばれる指揮法で指揮をされていました。中には違う指揮法で振られる指揮者も当時はおられました。
 指揮者は「指揮の技術」で、自分の表現したい音楽を演奏者に伝えるもの?でしょうか。どんなに優れた指揮の技術を持っていたとしても、その「指揮法」を演奏者全員がすぐに理解できるとは思えません。人によって違うのが指揮法です。指揮者によって違う「音を出してほしい点」の出し方が違います。指揮者によって、その点と音がずれたことを許容する人と全く許容しない人がいます。
演奏者が指揮者の「個性」を知り、演奏者に「指揮者の意思を伝える」のが練習であり「信頼関係の構築」です。
 カリスマ性の高い人が指揮者に向言えていると言われます。演奏者に対して「低姿勢」な指揮者は演奏者に「なめられる」とも言います。私も若いころ、そう思っていました。事実、子供たちを指揮する時に「お山の大将」になりきることを第一に優先していました。それは必要なことでもありました。特に大人に対して反抗的な年齢の思春期世代を相手に「指揮」をするという事は、大人相手とは違った「動物的な上下関係」も必要でした。
 もっと小さな子供や、自分より年上のアマチュア、音大生、プロの前で指揮をするようになってから「笑顔で練習できる」指揮者になりました。たまに切れますが(笑)以前のような「威圧」は出来ないし、不要になりました。

 どんなオーケストラであっても、演奏者がひとつの音楽を奏でることに変わりありません。アンサンブルと同じです。ふたりで演奏するのなら「相手」を相互に理解するだけです。それが80人になれば、お互いを完全に理解することは理論的に不可能です。「誰か」の考えにみんなが合わせるしか方法はありません。ある意味では「独裁的」でもありますが、人間関係がなければだれも演奏しませんから「独裁者」は指揮者になれません(笑)オーケストラと指揮者の理想的な関係は「対等」であるべきです。人数比率で言えば「指揮者:オーケストラプレーヤー=1:80~100」です。指揮者はプレーヤーの一人一人を「理解」する努力をし、演奏者は指揮者をより深く理解しようとする努力をするべきです。
 指揮者は演奏者のために指揮をします。演奏者は?聴衆のために指揮者に合わせます。それが「対等」な関係を生み出すための「関係性」だと思っています。
 私は、指揮者の名前をつけたオーケストラが嫌いです。それを提案した人の「思い」があったとしても、受け入れて指揮をする指揮者には寒気がします。そこまで?崇め立てられたいのかな…と思います。断れば済むのに。
 最後にネガティブな内容で申し訳ありませんでした。
お読みいただきありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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