Henryk Szeryngが演奏するFritz Kreisle

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 学生時代、バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタやパルティータの「お手本」としてレコードが擦り切れそうになるまで聴いていたヴァイオリニスト「ヘンリック・シェリング」大先生(笑)
 今朝、ラジオを何気なく聞いていて、フリッツ・クライスラーのヴァイオリン小品を、シェリングが演奏しているのを恥ずかしながら生まれて初めて聴きました。
 バッハとクライスラー。ヴァイオリン奏者にとって「両極」とも言える作曲家です。言うまでもなく、音楽の父と称される「ヨハン・セバスティアン・バッハ」様の残された音楽と、ウィーン生まれのヴァイオリニスト「フリッツ・クライスラー」を一緒にするな!というお考えもごもっともです。
 私の愛するクライスラー様(笑)は、自分の演奏会で演奏する「自分が作曲した曲」をわざわざ!大昔の音楽家の名前を調べて本当は自分が作ったのに「〇△◇作曲」と大昔の音楽家の作品と「虚偽」のプログラムで演奏していたという「いわくつき」作曲家・ヴァイオリニストです。
 「自分が作った曲ばかりを演奏すると思われたくなかった」と言うのが「言い訳」のようですが、まぁ嘘をついたって言う意味では「アウト」です。が、他人が作った曲を「私が作った」と言う嘘に比べたら、どんなもんでしょうか(笑)
 今でこそ「ヴァイオリンの名手」と紹介されているクライスラーですが、当時クライスラーは、憧れだった「ウイーン・フィルハーモニー」のオーディションを受けて「不合格」だったというエピソードがあります。きっとクライスラー自身には、ショッキングな出来事だったはずです。
 今朝のラジオでも紹介されていた、もう一つのエピソード。
ある演奏会で、評論家が「クライスラー作曲」と書かれた曲を、ケチョンケチョンにこき下ろし、クライスラーが作曲した「けど」大昔の作曲家が書いたという「うそ」の作品を「素晴らしい!」とほめたたえた事に怒りまくったクライスラーが「それも、俺が書いたんだよ!ばーか!←と言ったかどうかは知らない」で、自分が作曲していたことを「暴露」したというお話があります。
 評論家が「実は知っていてクライスラーを挑発し言わせた」と、名探偵コンナンとして推理するのも楽しいですが、正直「けっ。さすが評論家さまだね。ざまぁ」とも思うのです。

 さて、シェリングの演奏するクライスラー作曲(…本当だろうか…)の序奏とアレグロですが、先入観もあってバッハ作曲(笑)に聴こえました。それは冗談ですが、シェリングの音楽への向き合い方かな?と思う几帳面で、羽目を外さない、良心的で節度のある演奏だと思う一方で、シェリングの「遊び心」も感じるのです。考え抜いたビブラートと指使いとボウイングでありながら、聴いていて笑顔になれる「楽しさ」があります。
 多くのヴァイオリニストが、クライスラーの作品を「アンコール作品」として演奏します。最後のデザートに最高と言う意味ではうなずけますが、「さらわなくても=練習しなくても、ひける軽い曲」と思って演奏しているように感じることが多くあります。「超絶技巧大好き」な人にとって、クライスラーの作品は「違う」はずです。ヴィニアウスキー、サラサーテ、イザイ、その他近現代作曲家の「難曲」はいくらでもあります。クライスラーの楽譜は、決して超絶技巧と呼ばれる難易度の曲ではありません。だから?アンコールに選ぶのだとしたら、クライスラーファン(完全に自称)の一人としては、腹立たしい気持ちです。
 そんなヴァイオリニストに、このシェリング大先生の演奏を聴いてほしい!決して派手な演奏ではないのに、心惹かれる「何か」を感じるはずです。力任せでもなく、ちゃらびきでもなく、深刻でもない演奏で、クライスラーの作品が輝きます。
 クライスラーがこの演奏を聴いて、どう思うかを推理するのも面白いですが、お二人とも天国で楽しく遊んでおられるでしょうから、お話は聞けません。
 これからも、クライスラーの作品を大切に演奏したいと思っています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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