優しい演奏は易しいか?

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 演奏は、私と浩子さんのCD「Tenderness」に収録した「ハルの子守歌」
渋谷牧人さんの作品を、ヴィオラとピアノで演奏したものです。
前回のブログ「レッスン」で私が書いた「指導者のコピー」についての私見にもつながりますが、2022年の世界で一番大切なキーワードは「優しさ」ではないでしょうか。

 国際コンクールで技術を競い合う事より、もっと大切なことがあると思うのです。もっとはっきり言うなら、音楽で競いあう時代はもう終わっていると思うのです。「ソリストの〇〇さんより上手に演奏する」ことを目指すことに、私は意義を感じません。演奏家に求められているのは、聴く人の心を和ませ、穏やかな心にしてくれる演奏ではないのでしょうか?怖い顔をしながら演奏する音楽に、人は癒されないと思うのです。「癒しだけが音楽ではない」ことはわかっています。人を勇気づける音楽もあります。故郷を思い出す音楽もあります。激しい音楽もあります。ただ、どんな音楽であっても、演奏している人の「暖かさ」を感じない演奏が増えている気がしてなりません。それは、習う人の問題ではないと思います。教える側の責任です。教える立場になったとき、自分の経験で得た技術を、生徒に伝えるのは大切なことです。技術は教えられても「音楽」はその人、固有のものです。神様でも仏様でもない人間が、他人に自分の「感覚」を伝えることは不可能です。自分の表現を、生徒に「真似させる」ことは実は難しい事ではありません。教えられた生徒は「うまくなった」と勘違いします。自分の感覚で作ったものではない「形=表面」をいくら練習しても、自分の音楽にはなりません。生徒に「安直にうまくなれた」と思わせるのは、生徒に喜ばれます。「上手ね」と言われているのと同じことです。

 人間の優しさは、その人の音楽に現れると確信しています。
一方で、人間の「強さ」は他人に見せびらかすものではありませんし、「強がる」人間は自分の弱さを隠しているだけだと思います。「誰かに負けない」と言う発想は強さではありません。それは他人が自分よりも弱いことを願っているだけなのです。戦争をしたがる人は、自分では決して血を流しませんよね?それと同じです。
 CDに書いた言葉です。
強くなくても
目立たなくても
すごくなくても
優しい音が(人が)

好きだから

  他人に優しくすることは、一番難しいことだと思います。
聴いている人を「優しい気持ち」にする演奏は、自分が他人に優しくなければできないと思っています。演奏の技術にしても、人を驚かせる演奏より、人を優しくさせる音楽の方がずっと難しいと思うのです。
「北風と太陽」のお話みたいですが、今の時代に「北風」を感じる演奏よりも、「太陽」を感じる暖かい演奏が必要だと思うのです。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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