弓を動かす難しさ

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今回は、ヴァイオリニストが一生考え続ける(私だけ?)命題、音を出す弓を動かすことを考えます。
人間の身体には、たくさんの関節があります。自分の右手の指先から、腕の付け根までにある、関節をじっくり観察してみます。(おやじギャグではないつもり)
親指の関節が、ほかの4本の指よりも、1つ少ないことを今更驚く人、いませんか?(笑)
その親指も含めて、指先に近い関節を第1関節と呼びますが、親指だけは、その第1関節だけを曲げ伸ばしできます。そのほかの指の第1関節だけを、曲げ伸ばしできる人も見かけますが、むしろ第1関節だけは、曲げられないのが普通ですよね。指先から第1関節までの間に「骨」がありますね?当たり前ですが。
第1関節と第2関節の間にも骨があります。てのひらと指の関節があり、てのひらにも骨があります。

さて、これらの関節と骨には筋肉である「腱」があって、それぞれの指、関節を曲げ伸ばししています。
人間の生活で、主に使う手の筋肉は、内側に向かって「握る」ための筋肉です。
反対に「開く」方向の筋肉を使うことは、ほとんどありません。
指を観察すると、手の甲側(爪のある側)にはほとんど肉がありません。
一方でてのひら側には、かなり太い筋肉があります。物を掴む運動が強いのは、私たちのご先祖が猿だった証ですね。
握る力を「握力」と言います。子供のころ、学校で握力を図ったことがありませんか?ちなみに、力士の「輪島」関は握力が100キログラム以上だったとか。
でも、開く力の測定は、したことがありません。楽器を演奏する人にとって、必要なのは、握力より「早く、しなやかに、強く指を動かす」ための力です。つまり、じわーっと握る力よりも、瞬発的に「握る」「開く」という運動をでる筋力と神経伝達が必要になります。

弓に直接触れる右手の指。
親指と人差し指が「弦に圧力をかける」仕事をします。
親指と小指が「弓を持ち上げる=弓の重さより軽い圧力を弦にかける」役割です。
中指と薬指の仕事は、力というよりも、弓を安定させるための補助的な仕事をします。
「てこの原理」小学校で習いました?最近は教えていないそうですが(笑)
「支点」「力点」「作用点」なつかしいでしょ?
弓の毛と弦が触れている場所を「作用点」
親指を「支点」
人差し指を「力点」小指も逆方向の「力点」
人差し指の第2関節の「骨」で、弓の棒(スティック)を弦に向かって押し付ける力を加えます。
そして、親指は、人差し指と真逆方向の「押し上げる」方向に力を加える=支えることで、弓の毛が弦に強く押し付けられます。
この、てこの原理が理解できていないと、親指の力の方向を間違えてしまいます。
親指と中指で、弓をつまみ上げる力は演奏には不必要です。親指と中指でスティックをはさんで持つのは間違いです。

さて、指の次の関節は手首です。
手首の関節は、てのひら⇔手の甲の方向には、大きく曲げられますが、
親指側⇔小指側への方向には、小さな運動しかできませんが、この左右の運動も演奏には重要になります。
手首を意識的にゆっくり動かす時、使っている筋肉は肘から手首までの筋肉(腱)です。この筋肉の伸び縮みもストレッチ運動で大きく柔らかく動くようになります。
手首をブラブラと運動をするときには、前腕(肘から手首)を動かし、手首の関節を緩めることで、腕の動きとは逆方向に揺れます。「慣性の法則」です。
このぶらぶらと動く動きは、特殊な演奏方法をしない限り、演奏には有害な運動になります。特に、弓を速く動かすときに、慣性も大きくなりますから、手首と弓の動きをコントロールするために、「弾力」が必要になります。車で言うなら「サスペンション」と「ショックアブソーバー」(わかりにくい?)
要は適度な「粘り」が必要です。


腕を斜め前方に伸ばし(ダウン)弓先を使うときには、手首が「親指方向」と「手の甲方向」に曲がります。
この時に、親指と弓の「角度」を安直に変えないことを私の師匠は厳しく指導されました。それは、右手の小指を曲げたままで、弓先まで腕を伸ばすことになります。弓とてのひら・手の甲の位置関係(角度)を極力変えないで演奏する練習を続けました。当然、手首を左右に大きく曲げないとできません。
現代のヴァイオリニストでこの演奏法をしている人は、ごく少なくなりました。
弓先から弓中まで、さらに弓元までを速く動かした場合、指の「持ち替え」をしなくても演奏できるという、最大のメリットがあります。
現代の多くのヴァイオリニストは、弓先で親指と弓の角度を変え、さらに右手の小指を完全に伸ばしきった形で演奏しています。弓先で圧力を軽くするコントロールできる量が少ないはずです。親指と人差し指のてこの原理を「ゼロ」にしても「マイナス」にはできません。小指と親指で弓先を持ち上げる力で、より小さく薄く軽い音色を出せるはずです。

弓の中央は、右肘が直角に曲がった時の場所を言う。
と私は考えています。物理的な「弓の中央」だとしても、弓の毛の中央なのか、弓の長さの中央なのかで、場所が変わります。重さの中央である「中心」は弓元に近い場所ですから、さらに違います。腕の長さは人によって違いますから、弓元からダウンで直角になるまで動かした場所が「中央」で、そこから腕を伸ばしきった場所が「弓先」だと考えています。それ以上先を使おうとすれば、必ず無理があります。
弓中で、敵美と指が最も「自然」な形になります。ですが、この位置では、まだ親指と人差し指のてこを使わないと、弦に圧力をかけられません。
弓元。顔の前に、右手が来る場所です。この場所で演奏することが一番難しいのは案外気づいていないかも?

弓元で弓を持つ指の「真下」に弦があります。ここだけは、弓の「スティック側」にある4本の指(人差し指・中指・薬指・小指)すべてで、弦に圧力をかけることになります。むしろ、親指と人差し指のてこの原理はさようしませんから、親指は初めて「休める」位置でもあります。
手首が天井方向(てのひら側)に曲がる演奏方法「も」あります。
というのは、私はあまり弓元で手首を曲げたくない人なのです。
「だって右手の距離が近いから曲げないと」と思われがちですが、右ひじの位置を変えれば手首は曲げずに演奏できます。
弓元で右ひじが高く、やや体の側面に下がる演奏方法です。
手首以前に、体と肘の位置をやや後方に下げることで、弓と弦を直角に保ちながら、手首と指の形を変えずに演奏できます。
上腕(肩から肘までの腕)を積極的に動かす演奏方法です。当然、背中の筋肉も使います。腕全体の運動で弓元部分の演奏をすることで、指と手首の「可動範囲」を増やし自由度を増やすことができます。

連続した運動ですから、むしろ「アナログ」的なイメージのほうがわかりやすいと思います。写真と動画の違いです。すべては「動いて」音がでることです。
ただ、4本の弦・弓の位置によって、指・手首・肘の位置が変わることは事実です。練習時に、ある位置で「静止」してゆっくりと自分の身体を観察することで、間違いを修正できます。静止したときと動かしたときで違うのは、「慣性」があるか?ないか?の違いです。弓の位置に関係なく、動けば慣性が発生します。

・止まった状態からダウン
・止まった状態からアップ
・ダウンから止まる
・ダウンからアップに続く
・アップから止まる
・アップからダウンに続く
この6種類しかないのです。腕の重さと弓の重さを感じながら、慣性をコントロールする柔らかさと強さと俊敏さ。
右手が「一生もの」と言われる所以が、この複雑さにあります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト 野村謙介


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