動画は「あるヴァイオリンケース」をモニターのヴァイオリニストに使用してもらった写真(モザイク入り)と、そのケースの特徴を説明したものです。
様々ないきさつがあって、詳細は書けませんが今から十数年前にヴァイオリンケースの開発に関わりました。今回は、楽器のケースについてです。
本来、ヴァイオリンは温度や湿度の安定した場所で演奏され、保管されるべきものです。あくまでも理想の話で、現実には高温多湿の会場で演奏することも良くあります。保管する場所にしても、常に保管庫にしまっておくわけにはいかないのが現実です。自宅で演奏しない時間に、ヴァイオリンを休ませる場所として「楽器ケース」を第一に考えるかもしれませんが、実はヴァイオリンにとってケースの中は「最悪の条件に置かれる」ことにもなります。
ヴァイオリンに保険を掛けることができますが、多くの保険の場合、保険金が支払われるのは「金庫に鍵をかけてしまってあって盗まれた場合」に支払われます。それ以外の状態、移動中であったり室内に置いてある状態の場合には保険金の一部だけが支払われるだけではなく「全損=使えない状態」にならないと保険がきかないことがほとんどです。つまり、少し傷がついたから「修理して演奏する」ことは出来ません。保険会社に楽器ごと回収されます。ちなみに私自身、以前は楽器と弓に保険をかけていましたが、このような「免責事項」を知ってからは保険をかけていません。
さて、楽器をなぜ?ケースで保管することが、ヴァイオリンにとって良くないのか?と言う話です。実はこれがヴァイオリンケース開発のスタートでもありました。
多くの(おそらく99パーセント以上)ヴァイオリンケースは、楽器の裏板とケースの内張の布が接触しています。いわゆる「内装材」ですが、いくら高級なケースであっても、何かしらの素材が裏板に触れることに変わりありません。
ビロードだったりポリエステルだったりと、素材は色々ですが楽器の裏板には「ニス」が塗られています。ニスが完全に乾くまでに、通常なら1~2年はかかります。それまでの期間は「半乾き」の状態です。新作のヴァイオリンはほぼまちがいなく、この状態で演奏者の手に渡ります。そのニスに布が触れるとどうなるでしょうか?当然、ニスは布に付着して、光沢を失う悲惨な結果になります。
古いヴァイオリンならニスは乾いています。とは言っても、ニスは高温多湿になると柔らかくなる性質があります。つまり、日本の梅雨時にヴァイオリンのニスは布に付着してしまうことになります。
では、どうやって保管するべきでしょうか?金庫にしまうのでなければ、ヴァイオリンを「スタンド」に立てた状態で、出来るだけ多くの部分に室内の空気が触れる状態で置くべきです。「ぶら下げる」方法もありますが、地震の多い日本ではお勧めできません。東日本大地震の際、震度5でビルの5階にある教室にいましたが、スタンドに立てたヴァイオリンは一つも倒れませんでした。
私がお勧めしているのは、キクタニ ウクレレ・バイオリン兼用スタンド VS-100。アマゾンで1700円ほどで替えて、持ち運びも簡単です。
さて、楽器を持って外出する時の話です。まさか、このスタンドに立てて持ち運ぶわけにはいきません(笑)
私が学生の頃、ソリストクラスのヴァイオリニストの方々は「ヒルのヴァイオリンケース」を持つのが「ステイタス」でした。そのケースを持っている人は「すごいヴァイオリニスト」と周囲から見られていましたので、誰でも手に出来る代物ではありませんでした。ヒルのケースも含め、昔のヴァイオリンケースは「木枠」に布を張ったものでした。ヒルのケースは当時「フライトケース」でもあったようで、世界をツアーで移動する際に、「足を乗せても大丈夫!」(決して像ではありませんし、100人は乗れません)が伝説でした。
つまり「移動中に楽器を守る」ことがケースの役割です。
移動中、雨に濡れることもあり得ます。満員電車で押されることもあり得ます。
避けられること=やってはいけないことですが、夏の車内に放置すれば、どんな楽器ケースでもヴァイオリンは、壊滅的なダメージを受けると考えてください。
そのように「避けられない危険」から大切なヴァイオリンを守るケースです。
「堅牢=頑丈」であること。大きな外圧に耐えられる構造が理想です。
木枠で作るより、カーボン=炭素繊維素材で作る方が、より頑丈になります。
カーボンは薄い状態でも、非常に「曲がりにくい」性質を持った素材です。
いっぽうで、FRPなどの石油製品=プラスチックの仲間と比べると、同じ厚さの場合、カーボンは圧倒的に「重たい」素材です。つまり「薄くても強い」のがカーボンですが、製造に手間がかかり価格が高くなります。加えて現在、カーボンの製造過程には守秘味義務が課せられているため、安直に作ることができません。
多くの廉価ヴァイオリンケースは、必要最小限の木材とウレタン、発泡スチロールで出来ています。木材は持ちてを取り付ける部分だけです。
当然、ヴァイオリンを守る「強度」はまったくありません。人間が両手で押しただけで、ケースをつぶせます。中の楽器・弓もろとも、原形をとどめなくなります。
どんなケースなら大丈夫なの?完全なケースはありません。雨の侵入を完全に防ぐ「防水」ケースはありません。強度で言えば、カーボンがベストですが、一番高いケース「○コード」のカーボンは、カーボンメーカーの技術者に言わせると「最低の粗悪カーボン」だそうです。現に角をぶつけただけで「穴が開く=割れる」のが事実です。ボールペンを突き立てれば、すんなり穴が開くことも、実験したと聞いています。
理想のヴァイオリンケースを作りましたが、様々な理由で製造数は、100台ほどで生産も販売も終わってしまい「幻のケース」になってしまいました。
様々な…の中に、国内外での特許の問題もあります。私自身が取得しなかったことは今にして思えば、残念至極な事でした。申請と取得に莫大な費用が掛かるので無理でしたが。
いつか、このケースが復刻されることを願っていますが、可能性はほぼありません。どこかの資産家が手を挙げてくれれば、喜んで協力したいと思っています。そんな日が来るのかな?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介