卒業シーズン

皆様。いかがお過ごしでしょうか。
世は「コロナ」一色ですね。
1月末のこの時期は入学試験と卒業試験真っ盛り。
私が中学・高校・大学時代にも大きな違いはありませんでした。
入学試験に合格して音楽の学校に入学できれば、定期的な実技試験が待っています。
その試験が終わって卒業の前に「卒業試験」が待ち構えています。
高校3年間、大学4年間に自分が身に着けた技術をすべて出し切るのが卒業試験です。
私自身、高校入学時に「びりっけつ」でスタートしました。
3年後の試験で弾く曲を選ぶ際に、同門で1学年先輩の小森谷巧先輩が前年に弾いた
「ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲」を身の程知らずで決めました。
それまで「できない」と思い込んでいた自分に区切りをつけた試験でした。
伴奏は前年小森谷先輩の伴奏をしていた、ピアニスト清水和音くん。
高校の同期生で私はB組、彼はA組。もちろん彼は高校入学当時から全国でも屈指のピアニストでした。
試験が終わり、和音くんが他の友人に「のむら、すげぇうまくなったよ。おどろいた」
何よりも自信につながる言葉でした。
卒業試験の成績でそれぞれの専攻楽器の上位者だけが出演できる「卒業演奏会」に
ほんの0.いくつの差で出られたところまで学内での評価が上がっていたことを後で知りました。
初めて「くらしい」と感じたのがこの時でした。
大学に進み、4年目。卒業試験に選んだのは「ドボルザークのヴァイオリン協奏曲」
記憶にないのが悔しいのですが、はて?伴奏は誰にお願いしたのかな?
私見を前にして気負いは全然ありませんでした。同学年には優秀なヴァイオリン専攻の学生がいましたから。
結果を聴いたのは…
自分の恩師(久保田良作先生)から、「卒業判定会議」の直後。
「のむらくん!だめじゃない!卒業できなかったんだよ!」
…おろおろ(私)…
「のむらくん!卒演(卒業演奏会)に選ばれていたんだよ!」
…そこですか(苦笑…)
卒業できず留年したのは「音楽理論の2単位未修得」というお粗末さ。
4年次に卒業に必要な単位の計算をしていたのに、途中で「この授業単位いらない」
勝手に勘違いして放棄していたという…とほほほ(涙)
卒業できなければ卒業演奏会に出られるはずもなく。
幻の「卒演」となりました。翌年、もう実技試験はありません。当然!
卒演にでる権利なし(笑)
大学5年生になったことで、プロのオーケストラに入る予定もキャンセル。
卒業後、大学事務室前に貼ってあった「教員公募」を事務室の職員だった
鈴木さんと松本さんに教えてもらい、学生ホールの公衆電話から問い合わせの電話。
申し込み条件の「新卒・または35歳以上」には当たらないけれど、履歴書だけ送ってくださいとの返答。
だめだな、こりゃ(笑)と鈴木さん松本さん、そして自分(爆笑)
そもそも「神〇川大学って国立じゃん?」←私
「バーカ!私立だよ!」と爆笑するお二人。
その程度の勢いでしたが、結果
採用
冗談かと思いました。
で。2~3年で辞めるつもりで始めた仕事ですが
20年続け「ざるを得ない」状況になりました(涙)
おかげで一軒家を立てられる収入がありましたが、
精神を病みました。
そんな若かりし頃の思い出が未だに鮮明に残っています。
今まさに卒業試験を迎える皆さんに。
やれだけだのことをやれるのは今!
素敵な音楽家に育ってほしいと願う還暦爺なのでした。
メリーミュージック 代表 野村謙介

リサイタル終了

私と浩子先生のデュオリサイタルが終了しました。
昨年12月に地元相模原のもみじホールで
年明けに代々木上原ムジカーザで。
コロナウイルス感染拡大の中で多くのお客様が来てくださいました。
ムジカーザでの演奏風景です。
前半が

後半の映像がこちら

つたないライブ演奏ですが、お楽しみください。

愛すべき曲たち

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
強盗(GoTo)キャンペーンでコロナ感染が拡大する今日この頃です。
感染していても無症状であれば、本人も気づきません。家族を含め他人に感染を広げていてもその意識さえ持てません。人によっては症状がひどくなり、時には死に至ります。必要な補償を国が行うのは極めて当たり前です。だって、私たちはそのために税金を納めているんですから。
今必要なのは「自粛するお金」ですよね。

さてさて、本題に戻ります。今回で13回目になるリサイタル。
プログラムは変更するかもしれませんが、私たち夫婦の好きな曲を選んで演奏します。
前半はクライスラーのプレリュードとアレグロで開演する予定です。
子供達でも演奏できる曲ですが、個人的に思い出があります。
高校生の頃、親友だったチェロのK君のご実家(札幌)に泊めてもらったことがあります。たわいのない会話にお腹が痛くなるほど笑い、お父様が料理してくれたホタテを堪能したり、二人で「汽車」に乗って登別の温泉巡りをしたり…。もちろん、楽器を持っていきましたので、二人で漫才のような伴奏ごっこ(笑)をして遊びました。その中に…
「ミシミシ」と名付けたこの曲がありました。何よりもピアノの伴奏が!カッチョイイ!素直に感じ、K君がピアノを弾いて「プレリュード」の部分だけ弾いて楽しみました。次のページの「まっくろな楽譜」を読もうともせずに。それがこの曲との出会いです。
リサイタルで以前に演奏した時が、実はその時以来初めてでした。
まっくろの暗号を読み解いて、クライスラーの演奏技術を想像もしました。
今回、そのミシミシを一音ずつ洗い直し、すべての音符にこだわりを持ちました。おそらく弾ける方から見ると「そんな指使いアホ」と思われるかもしれません。ただ、多くの方が演奏するこの曲を聴くと、なぜか違和感があったのも事実です。

2曲目、ドボルザークのスラブ舞曲第2番。これもクライスラーのアレンジによるものをベースにしながら、オーケストラで演奏するリズムを参考にしました。
過去に何回かオーケストラを指揮してこの曲を楽しみました。
大好きな曲です。これまた、たくさんの演奏動画や録音を聴きました。
重音の嵐。基本的に「なんでもかんでも重音にすりゃいい」曲は嫌いです。むしろ、単音で歌い上げる方がヴァイオリンの音色の美しさを感じられるとも思います。その思いは「コンプレックス」から生まれることでもあります。今回、自分の課題にチャレンジする内に、何かが変わってきました。そこだけ成長した?(笑)

後半は日本の歌をオリジナルアレンジでお楽しみいただきながら、ジャズのナンバーも織り交ぜて演奏します。
「歌もの」と呼んでいるのですが、原曲が歌の音楽をヴァイオリン、ヴィオラで演奏するのは思いのほか難しいもの。
引きずりまくるポルタメント←きらい!
弦楽器なんだからと開き直った速すぎるヴィヴラート←大っ嫌い!
弦楽器で歌うことの意味を深く深く考えてピアノと一体になる感動。
特に日本の歌曲は日本人にしか感じられない情景と心情があります。
それぞれの人の中にある「ふるさと」や「ゆうやけ」の心象風景。
世代を超えて、日本の美しい旋律を楽しんでもらえたらと思っています。

そして!ピアソラのグラン・タンゴ。
ロストロポーヴィチに献呈された曲。多くのチェリストが演奏しています。実はヴィオラの楽譜もピアソラが書いたそうです。
浩子姫から「この曲」と言われ、見せられた楽譜。
8ページ。暗譜…しました。A3用紙を横向きにして、横幅いっぱいに拡大コピーすると一枚のA3用紙に3段か4段がプリントできます。
それを一枚ずつ暗譜していきます。というか、それでも楽器を持ちながらでは見えないので、1小節ずつ覚えました。覚えた後で、指使い、ボーイングを新たに覚えます。少ない脳みそは悲鳴を上げましたが、騙しだまし覚えました。
とにかく、素敵な曲です。ヴァイオリンで弾けますが、ヴィオラ特有の音色がはまります。

この他にもこだわりの曲たちを愛でます。
ぜひぜひ、会場でお楽しみください!

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

音楽を練る

皆様。お元気ですか?すっかり秋ですね。
今回のテーマはすべての演奏家に共通の話題かな?
音楽を演奏する時に、誰しもが突き当たる壁でもあります。
楽譜という台本が与えられ、それを演ずる役者が演奏家です。
多くの楽譜は既に誰かが演奏し、さらにその多くはCDや映像として、聞いたり見たりすることができる時代です。
録音技術が無かった頃は、簡単に演奏を聴くことも出来ませんでした。
時代の変化とともに、演奏家の練習も変わって来たんですね。


一つの楽譜でも、演奏家によってみんな演奏は違います。当たり前です。
役者が変われば演技が変わるのと同じです。
好きな演奏は10人いれば10人とも違って不思議ではありません。
素材である楽譜が同じでも演奏家によって好き嫌いが分かれます。
同じ素材でラーメンを作っても料理人が違えば違う味になるのと同じこと。
好みは演奏家自身にもあります。自分がこれから練習しようとする曲の演奏を、色々聞いていくことはとても大切な「準備」になります。
またラーメンの話でいえば(最近、地元橋本
近くのラーメン屋さんにはまっているので…)、店主が自分の好きな味を探して日本中のラーメン屋さんを食べ歩く話は良く聞きます。数ある有名無名のラーメン屋の中で、自分が好きな味や食感を探し、自分で作って試してはやり直す。
映画「タンポポ」でもそんなテーマがありました。

演奏家によって、練習方法は千差万別です。音楽の組み立て方、考え方、取り組み方、練習の仕方など、すべてが「オリジナル」なのです。
出来上がる音楽も当然「オリジナル」になります。それを個性とか音楽性とか言う言葉で表されます。極端に奇をてらい、単純に人と違うことをしようとするのは個性とは言いません。単に奇抜なだけです。逆に、奇抜に聞こえても演奏家が考え抜いて、試行錯誤を重ねたどり着いた「オリジナル」との区別は聴く側には判断しがたいものです。本当に演奏家がその解釈(曲づくり)に自信があるなら、誰の指摘も当たらないかも知れませんんが、嫌いな人が多すぎれば仕事にはなりません。ラーメンにうどんとお蕎麦を一緒に混ぜて「これが私の究極のラーメンだ」と言われてもねぇ。

何回でも試してはやり直し、また新しい方法を探して、時には前の方法を試し。時々、他人の演奏を聴いて、なるほどと膝を叩きたくなることもあります。以前は好きではなかった演奏が、急に好きになったりもします。
自分の味を探し、たどり着くラーメン(しつこい)
他人の評価を気にする前に、自分が納得できる音楽であることが必要です。それがなければ、ただの「音の羅列」でしかありません。
作曲家の意図を思い、聴衆の立場に立ち、可能な限りの方法を試す。
それ以外に自分の音楽を作る方法はないと思います。

リサイタルに向けて、自分の筋力を少なめに設定したうえで、無理のない弾き方を模索し、人の演奏に耳を傾け、自分の感性と照らし合わせ、できる範囲で挑戦する。
こんな楽しい実験はありません。
自分が楽しめる演奏になるまで、頑張りましょう!
って誰に言ってるんだろう(笑)失礼しました!
メリーミュージック 野村謙介

私たちのリサイタル

皆様。お元気ですか?
私達夫婦のデュオリサイタルにまだ、ご来場いただいていない方々にご紹介です。

多くのクラシックコンサートでは、当たり前の光景があります。
静まり返った客席で、演奏をひたすら聞き続ける。
曲を知っている人は満足そうで、知らない自分はどことなく恥ずかしい。
1曲が長く、演奏が終わったのか?続きがあるのか?良くわからない。
演奏が終わるとステージから消える演奏者との距離感。
途中で帰りたくなるような気分。
途中で寝ると周りから変な目で見られる。
こんな経験、ありませんか?

演奏の技術が素晴らしいコンサートでも、聴くのは普通の人です。
プロの演奏家やクラシックマニアだけが楽しめるコンサートに、
間違って行ってしまえば「苦痛の時間」になります。
もちろん、マニアの方にとって「好きな人だけくればいい」のがクラシックコンサートなんでしょうね。

私と浩子のリサイタルは、クラシックのコンサートに行ったことのないお客様でも、楽しみを共有できる時間を優先しています。
演奏を楽しんでいただくために、演奏者を知ってもらうことが第一だと思います。演奏者とお客様が近い関係になれることを目指しています。
初めて来られた方にも楽しんでいただける雰囲気とプログラムを考えています。
「演奏だけでいい」おいう方には申し訳ありません。
私たちのリサイタルは、普段着のコンサートです。
気楽に音楽をお楽しみいただける空間を創ります。ぜひ、ご来場ください。

メリーミュージック 野村謙介・野村浩子

暗譜?楽譜見えなくても?

皆様、いかがお過ごしですか?
今年も冬の恒例行事「デュオリサイタル」のシーズンが到来しました。
今回で13回目になります。何が変わって、何が変わらないのかな?

楽譜を見ながら演奏できなくなった事が一番変わったことの一つ。
そこで、今日は私自身の「音楽の覚え方」について。

タイトルに書いたように楽譜を見ずに演奏することを一般的に「暗譜」とし言いますね。私は40歳ごろまで、視力が矯正すれば片目で0.4か0.5ありました。自動車の運転免許も辛うじて更新できていました。
楽譜を見て演奏することも出来てました。学生時代、オーケストラで初見演奏することも出来たので、プロオーケストラでエキストラのお仕事もさせてもらっていました。言い換えれば、その位の視力がありました。

13年前の第一回リサイタル当時、楽譜を見ながら演奏しました。
暗譜もしていましたが「保険」として譜面台を立てていました。
その後、次第に網膜色素変性症が進行し、視力も下がりました。運転免許の更新も諦めました。その頃から楽譜を覚えて演奏する「暗譜」で演奏する事になりました。楽譜を読みながらヴァイオリンを弾いて、楽譜を覚えて演奏することが「暗譜」です。

生まれつき全盲の演奏家がたくさんおられます。私にとって、その方たちの「音楽の覚え方」は想像でしかありません。ある方は点字楽譜という「楽譜」を覚えて演奏されているのだと思います。指で点字楽譜を読み取っては楽器を弾いて覚え、また指で…の繰り返しなんでしょうね。すごいことだと思います。演奏だけ聞けば、その方が全盲であることなど微塵も感じさせない演奏をされていることも驚愕の一言に尽きます。

今、私が演奏会に向けて練習する時の「音楽の覚え方」ですが、
音楽を聴いて覚えきれないような複雑な曲の場合には、楽譜の数小節を拡大し、その部分だけを覚えていく方法で「暗譜」します。コピーの拡大機能を使う場合には、1曲の楽譜がA3用紙で20枚とかになることもあります。
自分が演奏している音が楽譜のどのあたりにある音なのか、覚えることはありません。昔はそれも記憶の中にありました。

この頃は、演奏したい曲の「音のられつ」を記憶しているようです。
一音ずつ、音に係わる情報を覚えていきます。
・音の高さと音名・音色と強弱・弦の種類やポジション・弓の場所など。
その情報を覚えながら無意識でもそれが連続するまで繰り返します。ある意味「無理やり覚える」方法でもあります。厳密にいえば「暗譜」ではないですね。

先ほど書いた全盲の方の音楽の覚え方とも違うのかもしれません。点字も知らないので。一番、効率の悪い覚え方かもしれません。
何よりこの病気は、人によって病気の進行速度も程度も違います。
そのことが私たちは不安を与えます。見えなくなる日が来る不安。生活できなくなる不安。今できていることが、だんだんできなくなる不安は、以前出来ていたことが出来なくなった「絶望感」にもつながります。
全盲の方に比べても何の意味もないのですが、次第に見えなくなる不安は、それなりに大きなものです。

音楽を強引に覚える作業をするのは、自分の不安との戦いでもあります。
イラついたことも正直にあります。たかが!たかがこんな短い旋律が覚えられない。間違える。楽譜が見えれば、こんな曲なんでもないのに!
そのストレスを超えなければ新しい曲は弾けません。いつか、楽譜をまったく読めなくなる日が来たら?点字楽譜を習って覚えるのかな?それもありですよね。

私は、「覚えられる範囲の曲だけ弾こう!」とわがままに思っています。点字を読めなくても、聴音と暗譜の技術を使えば頭の中に楽譜を思い描けます。学生時代、大嫌いだった聴音です(笑)が、やっていて本当に良かったと本心で思います。耳コピが楽譜を頭に作れれば、演奏できるはずです。


楽譜を覚えるのが暗譜ですから、音の情報を丸暗記するのは?
あんおん?
アンマンみたいでダメか。
今回のリサイタルで、演奏する曲たちもこうやって覚えた音楽たちです。
もし、ご興味があって「しょうがないから行ってやろう」という、心優しい方(笑)がおられましたが、ぜひ!12/20(日)相模原のもみじホール(城山文化センター)か来年1/9(土)代々木上原ムジカーザに足を運んでいただけたら本当にうれしいです!
心優しい方へのご案内ページはこちら
http://www.merry649.com/duo/
をご覧ください。皆様のご来場を心からお待ちしております。
ヴァイオリニスト 野村謙介


緊張の中の演奏は…

皆様。いかがお過ごしでしょうか?
秋の気配が深まるこの頃です。
先日、出演者とご家族、スタッフだけで発表会を実施しました。
14組の演奏に私と浩子先生も1曲演奏。微笑ましく、感動的な時間でした。
発表会を「不特定多数の人に演奏を聴かせる場」だから「しょばだいはらえ」と言ってくる、やくざまがいの組織がありますね。ひどい話です。
発表会は自分の演奏を発表する場ですが、それは不特定多数の人に聞いてもらう音楽会とは全く意味が違います。そんなことさえわからないのは、知能が低い組織なんでしょうね(笑)

そもそもアマチュアに限らず、音楽を演奏することは人間の自由な行為です。例えば家の中で一人、好きな楽器で好きな曲を弾いていたら、誰にも気兼ねなく、遠慮することもなく、当然誰からも「ちょさくけんがぁ!」と吠えられることもないですよね。それでも「外に音が漏れているかもしれなから「ちょさくけんがぁ!」爆笑です。そもそもこの「しょばだい」が著作権所有者に支払われていない事実。「一部払っている!}とか吠えてます。あほ!(笑)一部に払うなら、一部から取れ!!詐欺集団

さてさて、話を戻します。
緊張感の中で演奏することは、演奏を上達させるだけではありません。様々な場面、音楽とは無関係な生活にも影響すると思います。
緊張すれば思うように弾けないのが普通のことです。身体の筋肉が無意識に硬直し縮こまります。頭の中では冷静に感じていても、身体が思う通りに動かない!それこそが緊張です。

人間に限らず、わんこやにゃんこも緊張しますよね。知らない場所に初めて行ったとき、知らない人に近寄られたとき。
我が家の姫、ぷりん(女の子にゃんこ=トンキニーズ5歳)の例でいえば、
生徒さんが毎日のように自宅に来られるので、人が来ても緊張しないようになりました。自分に危害を加えない生き物なんだと学習したんですね。
そんなぷりんですが、いまだに地面(家の外の)を踏んだことがありません(笑)
今まで万度も、スリング(袋のような抱っこできるケージ)でお散歩に出かけましたが、そのたびに緊張しまくりです(爆笑)怖いんでしょうね。一緒に私たち夫婦がいることはわかっていても。

緊張しないようになるための唯一の方法は「学ぶこと」です。
ぷりんが学んだように、経験から学ぶしかありません。いくら暗示をかけても多少は緊張はします。
学び始めのころは、緊張したあとに「挫折感」「後悔」しか感じないものです。「二度とやらない」と思うこともあります。
それでもその緊張感の中で自分が演奏した録音や映像を何度も何度も見ることが絶対に必要です。それ自体が「学び」なのです。

音楽に限ったことでいえば、プロの中でも「ソリスト」と称される方々の演奏と、それ以外の演奏者の演奏は何か違います。一番の違いは「一人で演奏する場数の違い」とも言えます。もちろん、ソリストの練習や努力が人一番、人10倍であることは間違いありませんが。
緊張感の中で自分の思った通りの演奏ができるように、少しずつ成長していくものだと思います。生まれつきの天才演奏家なんて、過去にもこれから先も現れないと思っています。学習の成果の違いです。
緊張してうまく演奏できなかったから、二度と緊張したくないと思うのなら、それはそれで趣味の世界であり!です。
でも!上手くなりたいのなら緊張しながら演奏することに慣れるべきです。緊張するのは当たり前。緊張したら失敗するのも当たり前。その失敗を思い起こし研究し、繰り返し練習してリベンジすることの繰り返しこそが、上達の秘訣だと信じでいます。

な~んて偉そうなことを、ソリストでもない私が書いて説得力が1ミリもないのは承知の上ですが、自分がうまくなりたい気持ちだけは持っているので、皆さんと共有できればと思い、書きました。お許しください。

メリーミュージック 野村謙介

自己暗示のススメ

皆様、お元気でしょうか。野村謙介です。
教室では発表会の追い込みレッスンが続いています。
多くの生徒さんが自分の出来なかった新しいことに挑戦しています。素晴らしいことです。子供も大人もみんな立派な演奏家です。

さて、話は「自己暗示」という、ちょっと難しそうなタイトルですが(笑)
要するに「どうすれば弾けるようになるのか?」という壁にぶつかったり、もうすぐ舞台!あぁぁぁ!(笑)そんな時に役立つ方法です

「弾けない」「うまくならない」「やってもどうせ失敗する」
そんな気持ちになった経験は誰にも思い当たるはずです。私はありました。いわゆる「コンプレックス」も加わって頭の中がグルグル回る。
一体、誰と自分を比べているのかさえ考えられなくなります。比べる必要のないのに無意識に優劣を考えたり、自分自身の中でも成長していないと思いつめたり。ありませんか?

私が高校生の頃に初めて覚えた「自己暗示」という言葉ですが、アスリートたちがインタビューに答えている言葉の中にも、同じ意味のことを話していました。会場中の目が自分に向いている。失敗したら…。プレッシャーに押しつぶされそうになり、練習してきたことすら自信に思えない。
私が最初に覚えた自己暗示訓練法は「手のひらが温かい」「手のひらが温かい」「腕が重たい」「腕が重たい」「額が涼しい」「額が涼しい」これを実際に口に出して実際に手のひらが温かくなるイメージをできるだけ強く何度も何度もイメージします。何日か繰り返すうちに、本当に温かくなった「気がした」と思っていたら実際に温かった!
この実験は科学的にも実証されています。サーモグラフィで調べたら温度が高くなっています。

たただ手のひらが温かくなるだけ?それだけ?
このトレーニングをするうちに、自分の体を自分の意志でコントロールできることを「確信」します。これも自己暗示の一つです。
練習で落ち込みそうになった時、自分は下手じゃない。うまくなってきた。必ず弾けるようになる。それを自分に言い聞かせます。イメージを持つことが現実に繋がることを「手のひら」で体験していますから。

ぽジティブな考え方を出来る人とネガティブな考ええの人がいます。
おそらくどちらの人も、無意識に自己暗示にかかっています。
前者(ぽジティブ)の人は、「なんとかなる」「きっとうまくいく」という暗示を自分にかけています。後者(ネガティブ)はその真逆の自己暗示「できない」「きっと失敗する」と無意識に暗示にかかっています。
あなたはどちらですか?

性格だからと思い込んだり、どうせ気休めだからと思うより、まずは自分の無意識な思考を意識することから始めませんか?
無意識を意識するって無理?いいえ!できます!少なくても「無理だ」と思い込んでいる自分に「なんで無理って決めるの?」と問いかけてみてください。あきらめずに考えていると、ただ何となく無理なような気がするだけで、それ自体が無意識に決めていたことに気付くはずです。

大人の趣味「楽器の演奏」には、そもそも「無理」なんてありません。
比較する必要もありません。自分が好きなように弾けばいいだけです。
そして何より自分自身の演奏に耳を傾けて、いい音が出ていることを楽しみ、上手に弾いている気分になることです。なりきりましょう。
あなたにしかできない演奏です。失敗することより、上手くいくことをイメージしましょう。自己暗示は誰にでもできる最高の上達方法です。

メリーミュージック
野村謙介

おかげさまで60歳

皆様、いかがお過ごしでしょうか?秋の虫たちが美しい歌声を聞かせてくれています。

2020年9月30日、今日は水曜日。
私、野村謙介は60回目の誕生日を無事に迎えることができました。
皆様のおかげです。ありがとうございます。
私を産んでくれた母が亡くなってからまだ3か月しか経っていないことが不思議な気持ちです。頑固で偏屈だった父が亡くなってちょうど3年経ちました。

学生のころ、薄暗い場所で何も見えない自分が将来、大人になっても生活できない。仕事なんてできない。大人になりたくないと思っていました。周りにいある他の人と自分の「できることの違い」がものすごく大きく感じていました。
中学、高校と成長して両親とも毎日のように喧嘩をしました。兄とも話をするのも嫌でした。ひどい反抗期でした。
大学生になって自分のできることに、ほんの少しだけ広がりを感じました。同時に生きることへの不安は薄らぎました。友人との遊び、練習、何より大学生活を「お祭り男」として過ごしました。年に一度の文化祭に異常な情熱を感じていました。(笑)
大学卒業の延期…簡単に言えば「留年」で私の人生は大きく変わったのかもしれません。ヴァイオリンを弾いて生活する「卒業後」の予定が、中学・高校の教壇に立つことになろうとは。
大学4年の卒業試験で自分の演奏を初めて高く評価されたことを、師匠から留年と同時に激怒されながら教えられるという貴重な経験もしました。

教員になったのが25歳、長女が生まれたのが30歳。2~3年働いたらやめるつもりだった教員生活なのに、生活のためにやめられない状況になっていました。ヴァイオリンはケースを開ける時間も気力もなく、うっぷんを晴らすようにオーケストラを指導することに没頭しました。年収は高かったですね。公立中学・高校の先生方とは比較にならない高給でした。その分、ストレスも半端なく(笑)命がけの19年と8か月。
やっと学校を辞められると思っていたら、いきなり本当の地獄に落とされました。自分の音楽教室を経営し朝から夜まで休みなしで働きながら、抗うつ薬の影響で、立ちながら意識のない状態でレッスンを続けていました。そこから約3年をかけて、完全にうつ病を克服しました。

浩子との演奏活動再開が、第二の人生をスタートさせました。
高校時代のマドンナ、大学時代の憧れの片思い相手(笑)。
生きること、楽しむこと、演奏すること、人と接すること…
すべてが今までは大きく変わりました。
両親も喜んでいました。もとより父はその時もまだ「うつ病」でしたが。
両親が有料介護施設で暮らすようになり、兄との関係もいつの間にか「仲良し兄弟」に変わっていました。

これから先の人生が、今までの時間よりも短いことだけは間違いありません。「老後」とか「余生」とか考えたくもないのは、私が「死ぬことへの恐怖」が弱いからかもしれません。もちろん、一日でも今と同じように暮らしていたいと思います。それでも、もしかしたら自分の目が見えなくなる日が来るかもしれません。その日がいつなのか、誰も知りません。こないのかも知れません。考えても無意味だし、心配しても無意味なんです。だからきっと、昔の自分と違って少しはポジティブになったんなと思います。
今は、浩子とぷりんというふたりの姫のお陰で毎日を楽しませてもらっています。たまに、ぷりんに噛まれますけどww
今日この日を迎えられたのは、自分の力だとは思っていません。家族や助けてくれた、たくさんの人たちの力です。一度、失いかけた命です。人は弱いものです。瞬間的に自死を考え行動してしまいます。「自分だけはそんなことはしない」と誰もが思います。違います。本当に怖いのは「発病の瞬間」です。病気になってから苦しんで、治る前に自死をする人もいます。それより恐ろしいのは、自分がうつ病になったことを感じる前に襲う「絶望感」「死にたい」という衝動的な気持ちです。本当に突然、襲ってきます。
自死をする人を「特別な人」扱いするのは間違いです。誰にでもその可能性はあるのです。

あれ?話がそれまくった(笑)ごめんなさいww
とにかく!これからも皆さんのお力をお借りして、一日でも楽しく生きていこうと思っています。末永くお付き合いください!
よろしくお願いいたします!
野村謙介


演奏家と指導者

回のテーマも私の私見ですのでお許しください

職業として音楽を演奏する人を「演奏家」と定義してお話します。もちろん、趣味で音楽を演奏する人も「アマチュア演奏家」ですから演奏家の仲間ですね。世界中にたくさんの演奏家(職業演奏家)がいますが、その多くの方は指導者によって育てられた経験を持ています。完全に独学だけで演奏家になった人もいらっしゃることは知っていますが。ある人は幼少期からプロになるまで一人の指導者に師事し、ある人は複数の指導者に習いながらプロになります。どちらが良いとは言えません。それぞれに理由があってのことですから。

素晴らしい演奏家が素晴らしい指導者とは限りません。その逆も言えます。また、どちらの面でも素晴らしい方もいらっしゃいます。

問題は多くの方々が「演奏家の方がすごい・かっこいい」とか「音楽家として指導者は当たらない」という誤った発想です。

私は素晴らしい指導者の先生方に恵まれて育ちました。初めてヴァイオリンを手にした時に手取り足取り(足はとられてない)教えてくださった師匠。その後も、通っていた公立中学校で音楽のたのしさを教えてくださった音楽の先生、聴音とソルフェージュ・楽典を短期間で桐朋合格までたたき上げてくださった先生。ヴァイオリンの厳しさと基本の大切さを教えてくださった久保田由美子先生。不出来の弟子を最後まで優しく支えてくださった久保田良作先生。本当に素晴らしい指導者の方々に巡り合えたのは奇跡だと思います。

演奏家になりたいと思う気持ちは音楽を学ぶ者にとって共通の「夢」かも知れません。最初から指導者になろうと思う人は少ないのが普通です。だからというのではありませんが、演奏家>指導者という妙な不等式が「なんとなく」認められてしまっています。大間違いです。大嘘です。指導者が優れているから未来の演奏家が生まれます。演奏家は自分をし立ててくれた師匠は尊敬するのに、自分は指導者は目指しません。教え子にも目指させません。なぜでしょうね。やっぱり指導者は演奏家より「下手な人がなる」と思い込んでいるんでしょうか。はっきりいって「あほ!」と言ってあげたいです。

私の母校である桐朋学園大学に限ったことではないようですが、多くの指導者(先生)が母校ではない学校で教鞭をとられています。その先生を悪く言うのは間違いです。私は、学校経営者がおかしいと思います。音楽の学校は演奏家・音楽家を育てる学校です。その指導者はその学校の宝であり、なによりも学生にとって師匠なのです。その先生を大切に思う経営者なら間違いなく母校出身者を教授陣にするはずです。もちろん、人材がなければ例外もあると思います。

一方で私が勤務した私立の普通科中学・高校では卒業生から教員を採用していましたが、恐ろしい一面があります。採用するのは学校法人であり人事権は理事会にあります。が現場の長である学校長の「好きな卒業生」を採用するのが、当たり前になっていました。能力より「校長に従順である人物」が採用されます。これ、学校として間違っています。

若い演奏家の方、そして今音楽を学んでいる方、なにより、子供たちに音楽を教えている先生方。どうか!指導者に尊敬と誇りを持ってください!演奏家を目指すのも夢なら、一人でも多くの演奏家と指導者を育て上げるのも大きな夢です。演奏家より指導者が重要な世界です。日が当たって目立つのは演奏家ですが、指導者の優劣こそが音楽の世界をはぐくむ大切な「音楽」であることを伝えたくて、生意気な文章を書きました。お許し下さい。

メリーミュージック代表 野村謙介