時代で変わる?音色へのこだわり

ヴァイオリン演奏家のはしくれとして、そして還暦を過ぎたおじさんとして、世の中が変わる中で気づくことの一つを。
現代、YouTubeなどで音楽を聴くことが簡単になりました。
特に昔の演奏家の貴重な演奏を、動画付きで安直に見られるのは、とてもありがたい進化だと思います。
表題の「音色」を書くためには、本来なら実際に演奏している人の「生の音」を聴かないと、正しいことは書けないことは前提としておきます。

現代のヴァイオリニストたちの演奏と、今から30年から60年ほど前のヴァイオリニストの「音色」は明らかに違っています。もちろん、前述の通り「録音された音の比較」でしかありませんが。
一言で私論を言ってしまえば「音色へのこだわり」が減少、または軽視される時代になった気がしています。
演奏技術は、正確に速く弾けるか?という一点が現代のヴァイオリニストの課題と評価の基準になっていることを強く感じます。当然、それ「も」重要です。軽視して良いものではありません。
演奏するすべての音、一音ずつにどれだけの音色の選択肢を持っているか。
少なくとも、一昔前のヴァイオリニストの演奏を聴くと、その人の個性、言い換えると人間性・音楽性を感じられる演奏が多かったおt思いませんか?
楽曲の解釈とも言えますが、難しい話ではなく演奏する人が、その楽曲に何を感じ、何を表現するのかというシンプルな考え方です。

聴く人と弾く人の間には、感覚の違いがあるのは人間なら当たり前のことです。
同じ演奏を聴いて、ある人は「カッコよさ」を一番に感じ、ある人は「喜び」を感じるかもしれません。音楽を身体表現のひとつである「演技」「朗読」に置き換えると分かりやすいかな?
同じ台本でも、役者さんの演技、語り方で全く違うものになります。
「うまい・へた」の違いではなく、見る人聴く人の感性の違いでもあります。

ヴァイオリンで選べる音色の選択肢。
要素を書いてしまえば、右手(弓)と左手(押さえ方・ビブラート)の組み合わせです。楽器や弓、弦を変えることで音色は変わりますが、一音ずつ変えることは不可能です。
一本の弓で音色を変える要素。圧力(方向と力)・速度・駒からの距離が挙げられます。もちろん、一つの音の中でこれらを変えることは普通にあります。
左手の要素。弦に触れる指の強さ、指の部位、ビブラート(深さ・速さ・かけ始める時間)などの要素Gああります。


音色の表現には、「硬さ・柔らかさ」「明るさ・暗さ」「動・静」が挙げられます。それらも一音の中で変えられます。それらが組み合わされるで、一概に音色と言っても、とてもたくさんの選択肢があります。

練習は「弾けるようになること」ではなく、「表現できるようになること」だと思っています。昔から言われていることですが、「間違えないで速く弾くだけ」なら、ロボットに任せればできることです。現代ならすぐにできそうですね。
音色だってロボットで表現できる。
はい(笑)
そのプログラミングが「一音ずつ」先ほどの、弓・左手の音色の要素を組み合わせて考えて、入力してい下さい。それがどれほど「人間の感性」に左右されるか考えたら、一人の人間が一曲入力する時間があれば、練習した方が楽しくないですか(笑)

間にとって再現性はとても難しいことです。機械なら同じことを繰り返すのは得意です。音色を考えて練習して、それを再現できるまで繰り返すことが「練習」だと思います


若いヴァイオリニストの皆さんへ。
ぜひ、昔のヴァイオリニストの演奏をたくさん聞き比べてみてください。
録音技術は低いですから、雑音も多いし録音方法も今とは違います。
それでも、きっと現代とは違う「繊細さ」「音色のバリエーション」を感じると思います。
ボウイングと左手の練習は、ヴァイオリニストの個性を表現する技術です。
競い合うなら、音色の多彩さと再現性を誇りに思ってほしいと願っています。
偉そうに言いながら、出来ていなくてごめんなさい。
自戒を込めて書きました。

ヴァイオリニスト 野村謙介

デュオリサイタルに向けて

今回で14回目の「野村謙介・野村浩子デュオリサイタル」
演奏する曲を二人で考えることから始まります。
まずは「好きな曲」であること。もちろん、二人とも知っている曲とは限りません。それぞれの曲を自分が演奏したら?どうなる?と想像もします。原曲(オリジナル)の演奏がある場合、色々なアーティストの演奏をたくさん聞きます。中には、あまり好みでないものも含めて、本当に多くの演奏を簡単に聞くことができる便利な時代ですね。

今回、初めて私たちの「レパートリー」に加わることになったのは、
ラベンダーの咲く庭で
いのちの歌
ノクターン
人前に初めて演奏する曲も。
カフェ
作曲家のお名前は敢えて書きません。あしからず。
他にも候補がありましたが、好きな順に選んだ結果です。
この他に、以前演奏したことのある音楽も、練り直して。
踊る人形
ミッドナイトベル

ナイトクラブ
アダージョレリジオーソ
アヴェマリア
クロリスに
ちなみに、アヴェマリアというタイトルの曲は、
シューベルト、バッハ・グノーの作曲した曲「では」ありません(笑)

私(謙介)は、いつからか(本当は高校生の頃から)ビオラの演奏が好きで、今回も陳昌鉉氏の作成されたヴィオラも演奏します。
こちらの楽器の所有者は「浩子様」であることは、私たちのリサイタルにお越しになったことのある方には、周知のこと(笑)いや。変な理由じゃないですからね。←今更焦る。
ヴァイオリンは中学生の頃に、父親が借金をして私に買ってくれた楽器です。未だに私の「唯一無二」のヴァイオリンです。ちなみに、演奏会で使用しているヴァイオリンの弓は、恩師である故、久保田良作先生がご自身の演奏会で使用されたものです。これ、自慢(笑)

ヴァイオリンとヴィオラの音色の違いは、多くの方に喜んで頂いています。演奏方法は「似て非なるもの」なので、一回のコンサートの中で、持ち替えて演奏するのは、それなりに難しい面もありますが、自分自身がどちらの楽器の音色も楽しみたいので、まったく苦に感じたことはありません。ヴァイオリンは1808年に作られた「イタリアン・オールド」で、ヴィオラは2010年に作成された「トウキョウ・モダン」(笑)です。
演奏する会場も、もみじホールは「コンサートホール」で、代々木上原ムジカーザは「サロンホール」という2会場で、同じプログラムを演奏します。この響きの違いも両方の演奏会をお聞きになると、本当に楽しみ方が変わります。さらに、ピアノも!
もみじホールは「ベヒシュタイン」で代々木上原ムジカーザでは「ベーゼンドルファー」を使用します。この違いがまた!楽しいのです。
両方の会場でお聞きになれるチケットは、一般2500円です。幼児は無料です。もみじホールだけの入場は、一般1500円、高校生以下1000円。幼児無料です。ムジカーザのチケットは共通チケットとなります。

ご存知の方も多いですが、私が楽譜を見ながら演奏できない視力になったので、すべての曲を暗譜で演奏します。あ。昔は読めましたよ、楽譜(笑)一音ずつ、音色を考えて、演奏する弓の場所や、弦、左手の指などを決めていきます。それを、一音ずつ覚えます。かなり根気のいる作業ですが、生まれつき全盲の演奏家は世の中に大勢いらっしゃいます。
クラシック演奏家で全盲の方は、点字の楽譜で覚えていくのですが、私は今のところ、辛うじて物が見えているので、点字の勉強はまだしていません。もはや「意地」かも。パソコンモニターいっぱいまで拡大した楽譜(の一部数小節)を覚えては弾く。忘れてまた画面を見て、弾く。この繰り返し。一度楽譜を覚えて、先ほどの弓の場所や、弦や指を重ねて覚えます。歌詞のある曲(歌)を演奏する場合、歌詞も覚えますが、これが!むずかしい!歌詞が思い出せずに、演奏が止まってしまうことも。歌えば思い出せるんですが、楽器を持つと「歌詞以外の情報」が頭を埋めてしまう!

と。そんなデュオリサイタル。ぜひ皆様のご来場をお待ちしております。
地元、神奈川県相模原市緑区にある「もみじホール城山」が、12月19日(日)午後2時開演。来年年明け代々木上原ムジカーザ1月8日(土)午後5時開演です。
感染予防に最大限配慮して開催いたします。皆様と会場でお会いできるのを楽しみにしております。

チケットのお申し込みや詳細は
こちらをクリックしてください。

それでは!

メリーミュージック 代表 野村謙介





コロナ禍の音楽

メリーミュージックの野村謙介です。
新型コロナウイルス感染症が、世界中で人々の命と暮らしをむしばんでいます。
今回は、日本の中での音楽を取り巻く現状を、私なりに考えてみたいと思います。

大きく分けて、趣味で音楽を楽しむ人々の変化と、音楽を生活の糧にしている、いわゆる「音楽家」の現況があります。

共通していることは、感染への不安は、人それぞれに違うことです。家の外に出ることさえ、不安になる人もいれば、風邪の一種だからそこまで恐れることはない、と感じる人がいるのは当たり前のことかもしれません。
もう一つの共通点は、世界の中で感染対策が最悪の状況下で、多くの人々が生活の困窮に喘いでいることに、政治が目を向けない日本に暮らしていることです。

趣味で音楽を聴いて楽しむ人や、楽器を演奏して気分転換をしている方の中で、外出が不安な高齢者が多いのが現状です。
また、音楽を聴く楽しみをホールの閉鎖によって奪われた方が、たくさんおられます。
そうは言っても好きではない人から見れば、音楽は自宅で聴いたり自分で弾いたりできるから、大したことではないと思われるのかもしれません。価値観の問題です。

さて、一方で音楽を演奏したり、人に音楽を教えたり、ホールを運営したり、そのホールで働いて、生計を立てている人たちにとっての変化はどうでしょう。こうした人たちの、日本の人口における割合はとても少ないですし、経済効果としても大企業のような莫大なお金の動きはありません。
日本では、音楽で生計を立てている人の大部分は「フリーランス」です。
国会やニュースで、時々耳にした言葉かも知れません。
「きちんとした大きな団体と契約して、給料を貰えば良いじゃないか」
そう思われている政治家や一般の方が多いのですが、現実はそんなに甘くありません。

そもそも、日本は世界の先進国の中で、最も文化芸術に使われる国の予算が少ない「文化度の低い」国なのをご存知でしょうか。
分かりやすい例で言えば、日本には国立のオーケストラが存在しません。
地方自治体の名前が付いたオーケストラで演奏する人は「公務員」にもしてもらえません。それが現実です。

文化や芸術に関心のない国が、先進国であるはずがありません。
ビジネスとして考えれば、自動車産業のように、目に見える物を造り販売する業種と、人の心にだけしか見えない感情を残す音楽は、異次元のものです。
つまり、音楽は「物として売れない」のです。

「LGBTは生産性がない」「種の保存の観点で差別は必要」
こんなヘイトを平然と口にする政治家が、私たちの国のトップにいます。
「音楽なんてなくても困る奴はいない。違う仕事をすればいいだけ」
そんな言葉が彼らの顔に書いてある気がします。

音楽や芸術、自然や歴史的建築物は、壊すのは一瞬、元通りにすることは不可能なのです。
原発の真逆です。あれは、造るのは簡単。壊せないのですから。

コロナ禍で、音楽生活を諦めた人も多くいます。
その原因は「ウイルス」ではなく「人の無知」なのです。
音楽の演奏は、その場で消えて、聞いた人の心の中に残る「無形の存在」です。
それを造れるのは「演奏家」だけなのです。その演奏家を消してしまったら、音楽そのものがなくなることは、小学生でも理解できることなのです。

CDやYoutubeで音楽なんて聴ける。という安直な考えは、
「レトルト食品があるから生産者はいらない」と胸を張っている変わった人の仲間です。

生産者のいない食べ物は、地球にはありません。
例え、コンピューターが音楽を演奏したとしても、打ち込んでいるのは人間です。コンピューターが音楽を作っているのではないのです。

オリンピックをやらないと死んでしまう政治家が、音楽を大切にすることは、天と地が引っ繰り返っても望めません。
せめて演奏家を生存させるために、心のある方々がいらっしゃれば、少しだけお金を使っていただけないでしょうか?
音楽会でも、習い事でも構いません。
皆さんのお金を中抜きするピンハネ組織「〇〇らっく」に負けず、
私達演奏家・ホール関係者を助けてください。
ご理解を頂ければ、幸いです。

メリーミュージック 代表
野村謙介



NPO法人メリーオーケストラ

皆様。いかがお過ごしでしょうか。
久しぶりの更新です。
ここしばらく、レッスンと発表会の準備の合間を見つけて(無理やり作ったとも言う)メリーオーケストラの歴史を動画で綴っていました。

2002年1月に地元の子供たちにオーケストラの楽しさを体感するために立ち上げたメリーオーケストラです。第1回の定期演奏会では「子供のための」が付いたメリーオーケストラでした。どの時の動画も含め、すべての演奏会で記録してきた動画、動画の撮れなかった回には音声だけをすべて探し出しました。

今日まで19年、何があってもやり続づけてきました。
あ。前回の第38回定期演奏会はコロナ感染拡大防止のため、やむなく延期しましたが、それ以外は本当に色々なことがあっても続けています。
世界に多くのアマチュアオーケストラがあり、その中には子供だけで演奏する「ジュニアオーケストラ」もあります。また、短期的に子供の演奏を交えた演奏会も見かけます。が…。

子供も大人も、アマチュアもプロも一緒に「楽しめるオーケストラ」が一体どのくらいあるでしょうか。
演奏者に限らず聴く人にとっても、オーケストラの演奏会に言ったことのある人の方が少ないはずです。
オーケストラが最高だとは思いません。すべてのジャンルの音楽が、すべての人にとって「なくてはならない存在」だと信じています。
その中でも一番大人数で楽器を演奏できるのが「オーケストラ」ならば、子供たちにこの活動が無意味であるはずがありません。人と触れ合い、大人と一緒に練習し、本番で大きな拍手を受ける。終わったとにお菓子を食べられる(笑)
こんな素敵な音楽活動を支えられることは、人間としてとても誇らしいことです。
一流の演奏家を育てることも大切です。
私の活動は「一般の演奏家」を育てて増やしていくことです。
20年経っても、技術は大して向上していません。私はそれで満足です。
その時々の演奏会で、感動があれば十分です。

オーケストラのホームページにすべての演奏会のポスターと、記録した映像を載せました。お時間のある時にお楽しみください。
http://www.nomuken.net/merry/

これからもNPO法人メリーオーケストラは
音楽のすそ野を広げていきます。
メリーオーケストラ理事長 野村謙介

卒業シーズン

皆様。いかがお過ごしでしょうか。
世は「コロナ」一色ですね。
1月末のこの時期は入学試験と卒業試験真っ盛り。
私が中学・高校・大学時代にも大きな違いはありませんでした。
入学試験に合格して音楽の学校に入学できれば、定期的な実技試験が待っています。
その試験が終わって卒業の前に「卒業試験」が待ち構えています。
高校3年間、大学4年間に自分が身に着けた技術をすべて出し切るのが卒業試験です。
私自身、高校入学時に「びりっけつ」でスタートしました。
3年後の試験で弾く曲を選ぶ際に、同門で1学年先輩の小森谷巧先輩が前年に弾いた
「ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲」を身の程知らずで決めました。
それまで「できない」と思い込んでいた自分に区切りをつけた試験でした。
伴奏は前年小森谷先輩の伴奏をしていた、ピアニスト清水和音くん。
高校の同期生で私はB組、彼はA組。もちろん彼は高校入学当時から全国でも屈指のピアニストでした。
試験が終わり、和音くんが他の友人に「のむら、すげぇうまくなったよ。おどろいた」
何よりも自信につながる言葉でした。
卒業試験の成績でそれぞれの専攻楽器の上位者だけが出演できる「卒業演奏会」に
あとほんの0.いくつの差で出られたところまで学内での評価が上がっていたことを後で知りました。
初めて「くやしい」と感じたのがこの時でした。
大学に進み、4年目。卒業試験に選んだのは「ドボルザークのヴァイオリン協奏曲」
記憶にないのが悔しいのですが、はて?伴奏は誰にお願いしたのかな?
試験を前にして気負いは全然ありませんでした。同学年には優秀なヴァイオリン専攻の学生がいましたから。
結果を聞いたのは…
自分の恩師(久保田良作先生)から、「卒業判定会議」の直後。
「のむらくん!だめじゃない!卒業できなかったんだよ!」
…おろおろ(私)…
「のむらくん!卒演(卒業演奏会)に選ばれていたんだよ!」
…そこですか(苦笑…)
卒業できず留年したのは「音楽理論の2単位未修得」というお粗末さ。
4年次に卒業に必要な単位の計算をしていたのに、途中で「この授業単位いらない」
勝手に勘違いして放棄していたという…とほほほ(涙)
卒業できなければ卒業演奏会に出られるはずもなく。
幻の「卒演」となりました。翌年、もう実技試験はありません。当然!
卒演にでる権利なし(笑)
大学5年生になったことで、プロのオーケストラに入る予定もキャンセル。
卒業後、大学事務室前に貼ってあった「教員公募」を事務室の職員だった
鈴木さんと松本さんに教えてもらい、学生ホールの公衆電話から問い合わせの電話。
申し込み条件の「新卒・または35歳以上」には当たらないけれど、履歴書だけ送ってくださいとの返答。
だめだな、こりゃ(笑)と鈴木さん松本さん、そして自分(爆笑)
そもそも「神〇川大学って国立じゃん?」←私
「バーカ!私立だよ!」と爆笑するお二人。
その程度の勢いでしたが、結果
採用
冗談かと思いました。
で。2~3年で辞めるつもりで始めた仕事ですが
20年続け「ざるを得ない」状況になりました(涙)
おかげで一軒家を立てられる収入がありましたが、
精神を病みました。
そんな若かりし頃の思い出が未だに鮮明に残っています。
今まさに卒業試験を迎える皆さんに。

やれるだけのことをやれるのは今!
素敵な音楽家に育ってほしいと願う還暦爺なのでした。
メリーミュージック 代表 野村謙介

リサイタル終了

私と浩子先生のデュオリサイタルが終了しました。
昨年12月に地元相模原のもみじホールで
年明けに代々木上原ムジカーザで。
コロナウイルス感染拡大の中で多くのお客様が来てくださいました。
ムジカーザでの演奏風景です。
前半が

後半の映像がこちら

つたないライブ演奏ですが、お楽しみください。

愛すべき曲たち

皆様、いかがお過ごしでしょうか?
強盗(GoTo)キャンペーンでコロナ感染が拡大する今日この頃です。
感染していても無症状であれば、本人も気づきません。家族を含め他人に感染を広げていてもその意識さえ持てません。人によっては症状がひどくなり、時には死に至ります。必要な補償を国が行うのは極めて当たり前です。だって、私たちはそのために税金を納めているんですから。
今必要なのは「自粛するお金」ですよね。

さてさて、本題に戻ります。今回で13回目になるリサイタル。
プログラムは変更するかもしれませんが、私たち夫婦の好きな曲を選んで演奏します。
前半はクライスラーのプレリュードとアレグロで開演する予定です。
子供達でも演奏できる曲ですが、個人的に思い出があります。
高校生の頃、親友だったチェロのK君のご実家(札幌)に泊めてもらったことがあります。たわいのない会話にお腹が痛くなるほど笑い、お父様が料理してくれたホタテを堪能したり、二人で「汽車」に乗って登別の温泉巡りをしたり…。もちろん、楽器を持っていきましたので、二人で漫才のような伴奏ごっこ(笑)をして遊びました。その中に…
「ミシミシ」と名付けたこの曲がありました。何よりもピアノの伴奏が!カッチョイイ!素直に感じ、K君がピアノを弾いて「プレリュード」の部分だけ弾いて楽しみました。次のページの「まっくろな楽譜」を読もうともせずに。それがこの曲との出会いです。
リサイタルで以前に演奏した時が、実はその時以来初めてでした。
まっくろの暗号を読み解いて、クライスラーの演奏技術を想像もしました。
今回、そのミシミシを一音ずつ洗い直し、すべての音符にこだわりを持ちました。おそらく弾ける方から見ると「そんな指使いアホ」と思われるかもしれません。ただ、多くの方が演奏するこの曲を聴くと、なぜか違和感があったのも事実です。

2曲目、ドボルザークのスラブ舞曲第2番。これもクライスラーのアレンジによるものをベースにしながら、オーケストラで演奏するリズムを参考にしました。
過去に何回かオーケストラを指揮してこの曲を楽しみました。
大好きな曲です。これまた、たくさんの演奏動画や録音を聴きました。
重音の嵐。基本的に「なんでもかんでも重音にすりゃいい」曲は嫌いです。むしろ、単音で歌い上げる方がヴァイオリンの音色の美しさを感じられるとも思います。その思いは「コンプレックス」から生まれることでもあります。今回、自分の課題にチャレンジする内に、何かが変わってきました。そこだけ成長した?(笑)

後半は日本の歌をオリジナルアレンジでお楽しみいただきながら、ジャズのナンバーも織り交ぜて演奏します。
「歌もの」と呼んでいるのですが、原曲が歌の音楽をヴァイオリン、ヴィオラで演奏するのは思いのほか難しいもの。
引きずりまくるポルタメント←きらい!
弦楽器なんだからと開き直った速すぎるヴィヴラート←大っ嫌い!
弦楽器で歌うことの意味を深く深く考えてピアノと一体になる感動。
特に日本の歌曲は日本人にしか感じられない情景と心情があります。
それぞれの人の中にある「ふるさと」や「ゆうやけ」の心象風景。
世代を超えて、日本の美しい旋律を楽しんでもらえたらと思っています。

そして!ピアソラのグラン・タンゴ。
ロストロポーヴィチに献呈された曲。多くのチェリストが演奏しています。実はヴィオラの楽譜もピアソラが書いたそうです。
浩子姫から「この曲」と言われ、見せられた楽譜。
8ページ。暗譜…しました。A3用紙を横向きにして、横幅いっぱいに拡大コピーすると一枚のA3用紙に3段か4段がプリントできます。
それを一枚ずつ暗譜していきます。というか、それでも楽器を持ちながらでは見えないので、1小節ずつ覚えました。覚えた後で、指使い、ボーイングを新たに覚えます。少ない脳みそは悲鳴を上げましたが、騙しだまし覚えました。
とにかく、素敵な曲です。ヴァイオリンで弾けますが、ヴィオラ特有の音色がはまります。

この他にもこだわりの曲たちを愛でます。
ぜひぜひ、会場でお楽しみください!

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

私たちのリサイタル

皆様。お元気ですか?
私達夫婦のデュオリサイタルにまだ、ご来場いただいていない方々にご紹介です。

多くのクラシックコンサートでは、当たり前の光景があります。
静まり返った客席で、演奏をひたすら聞き続ける。
曲を知っている人は満足そうで、知らない自分はどことなく恥ずかしい。
1曲が長く、演奏が終わったのか?続きがあるのか?良くわからない。
演奏が終わるとステージから消える演奏者との距離感。
途中で帰りたくなるような気分。
途中で寝ると周りから変な目で見られる。
こんな経験、ありませんか?

演奏の技術が素晴らしいコンサートでも、聴くのは普通の人です。
プロの演奏家やクラシックマニアだけが楽しめるコンサートに、
間違って行ってしまえば「苦痛の時間」になります。
もちろん、マニアの方にとって「好きな人だけくればいい」のがクラシックコンサートなんでしょうね。

私と浩子のリサイタルは、クラシックのコンサートに行ったことのないお客様でも、楽しみを共有できる時間を優先しています。
演奏を楽しんでいただくために、演奏者を知ってもらうことが第一だと思います。演奏者とお客様が近い関係になれることを目指しています。
初めて来られた方にも楽しんでいただける雰囲気とプログラムを考えています。
「演奏だけでいい」おいう方には申し訳ありません。
私たちのリサイタルは、普段着のコンサートです。
気楽に音楽をお楽しみいただける空間を創ります。ぜひ、ご来場ください。

メリーミュージック 野村謙介・野村浩子

暗譜?楽譜見えなくても?

皆様、いかがお過ごしですか?
今年も冬の恒例行事「デュオリサイタル」のシーズンが到来しました。
今回で13回目になります。何が変わって、何が変わらないのかな?

楽譜を見ながら演奏できなくなった事が一番変わったことの一つ。
そこで、今日は私自身の「音楽の覚え方」について。

タイトルに書いたように楽譜を見ずに演奏することを一般的に「暗譜」とし言いますね。私は40歳ごろまで、視力が矯正すれば片目で0.4か0.5ありました。自動車の運転免許も辛うじて更新できていました。
楽譜を見て演奏することも出来てました。学生時代、オーケストラで初見演奏することも出来たので、プロオーケストラでエキストラのお仕事もさせてもらっていました。言い換えれば、その位の視力がありました。

13年前の第一回リサイタル当時、楽譜を見ながら演奏しました。
暗譜もしていましたが「保険」として譜面台を立てていました。
その後、次第に網膜色素変性症が進行し、視力も下がりました。運転免許の更新も諦めました。その頃から楽譜を覚えて演奏する「暗譜」で演奏する事になりました。楽譜を読みながらヴァイオリンを弾いて、楽譜を覚えて演奏することが「暗譜」です。

生まれつき全盲の演奏家がたくさんおられます。私にとって、その方たちの「音楽の覚え方」は想像でしかありません。ある方は点字楽譜という「楽譜」を覚えて演奏されているのだと思います。指で点字楽譜を読み取っては楽器を弾いて覚え、また指で…の繰り返しなんでしょうね。すごいことだと思います。演奏だけ聞けば、その方が全盲であることなど微塵も感じさせない演奏をされていることも驚愕の一言に尽きます。

今、私が演奏会に向けて練習する時の「音楽の覚え方」ですが、
音楽を聴いて覚えきれないような複雑な曲の場合には、楽譜の数小節を拡大し、その部分だけを覚えていく方法で「暗譜」します。コピーの拡大機能を使う場合には、1曲の楽譜がA3用紙で20枚とかになることもあります。
自分が演奏している音が楽譜のどのあたりにある音なのか、覚えることはありません。昔はそれも記憶の中にありました。

この頃は、演奏したい曲の「音のられつ」を記憶しているようです。
一音ずつ、音に係わる情報を覚えていきます。
・音の高さと音名・音色と強弱・弦の種類やポジション・弓の場所など。
その情報を覚えながら無意識でもそれが連続するまで繰り返します。ある意味「無理やり覚える」方法でもあります。厳密にいえば「暗譜」ではないですね。

先ほど書いた全盲の方の音楽の覚え方とも違うのかもしれません。点字も知らないので。一番、効率の悪い覚え方かもしれません。
何よりこの病気は、人によって病気の進行速度も程度も違います。
そのことが私たちは不安を与えます。見えなくなる日が来る不安。生活できなくなる不安。今できていることが、だんだんできなくなる不安は、以前出来ていたことが出来なくなった「絶望感」にもつながります。
全盲の方に比べても何の意味もないのですが、次第に見えなくなる不安は、それなりに大きなものです。

音楽を強引に覚える作業をするのは、自分の不安との戦いでもあります。
イラついたことも正直にあります。たかが!たかがこんな短い旋律が覚えられない。間違える。楽譜が見えれば、こんな曲なんでもないのに!
そのストレスを超えなければ新しい曲は弾けません。いつか、楽譜をまったく読めなくなる日が来たら?点字楽譜を習って覚えるのかな?それもありですよね。

私は、「覚えられる範囲の曲だけ弾こう!」とわがままに思っています。点字を読めなくても、聴音と暗譜の技術を使えば頭の中に楽譜を思い描けます。学生時代、大嫌いだった聴音です(笑)が、やっていて本当に良かったと本心で思います。耳コピが楽譜を頭に作れれば、演奏できるはずです。


楽譜を覚えるのが暗譜ですから、音の情報を丸暗記するのは?
あんおん?
アンマンみたいでダメか。
今回のリサイタルで、演奏する曲たちもこうやって覚えた音楽たちです。
もし、ご興味があって「しょうがないから行ってやろう」という、心優しい方(笑)がおられましたが、ぜひ!12/20(日)相模原のもみじホール(城山文化センター)か来年1/9(土)代々木上原ムジカーザに足を運んでいただけたら本当にうれしいです!
心優しい方へのご案内ページはこちら
http://www.merry649.com/duo/
をご覧ください。皆様のご来場を心からお待ちしております。
ヴァイオリニスト 野村謙介


ヴァイオリンの悩み②

皆様。いかがお過ごしですか??さて、今回は「練習のモチベーション」です。

どんなに音楽が好きでも、毎日の生活はいつも同じではありません。だからこそ、好きな音楽の練習時間と気持ちを、いかに確保するのかが、とても大きな課題になります。

もしも、あなたが音楽家を目指す人なら「そんなことを考えてないで練習しなさい!」と言い切ります(笑)でも、普通の方は「趣味」の音楽ですよね。趣味だからこそ!難しい問題なんです。

日々レッスンをしていて生徒さんの練習内容はすぐにわかるものです。今週は練習できなかったんですと、わざわざ言わなくても(笑)私たちは生徒さんの練習してきたものをチェックして、さらに次の課題を考えています。その「日々の練習」こそが、上達のポイントになります。決してレッスンで上手になるわけではありません。

さて、練習のモチベーションを維持するためにというお話

あなたが練習する本人なら、環境に左右されない方法。「なりきり練習法」をお勧めします。つまり、自分の演奏に自信を持つことです。モチベーションが下がる原因は自身の喪失から始まります。「やってもうまくならない」「どうせ下手なんだから」思い込んでしまったら、そりゃ~(笑)厳しいですよ。

もっと具体的に。まずは形から!構え方と左手・右t毛の形、演奏の仕方。あなたのあこがれる演奏家の「ものまね」をしてみることです。鏡を見たり、勝手に想像したり。子供のころ、男の子なら憧れのスーパーヒーローやスポーツ選手のマネをしてみたり、女の子なら…昔ならピンクレディーになり切ったり、憧れのアイドルの髪形をこっそり(笑)マネしてみたり、しませんでしたか?sれです。まずは、形から!

もしも、あなたのお子さんがなかなかやる気をだしてくれないなら。答えは簡単。常にほめまくること。つい、自分の子供に「だけ」厳しく当たってしまうのが親というものです。その感情をどこまで抑えられるかという親の覚悟が必要です。子供は初めは「ばよりんがひきたい!」ですから。でも、どんな子供でもぜっっっっっっっっっったいに!飽きると思ってください。多くのお子さんが初めてすぐにレッスンをやめてしまいます。「こどもがやりたがらなくなったので」とか「むいていないから」とか。いろいろな理由を保護者の方からお聞きします。事情は察します。子供が飽きることは習い始めに必ずお伝えしています。それなのに…。親が子供をほめ続けることがどれほど大切なことか。逆のことばかりになりがち。いつもおこってばかり。子供がモチベーションが下がると子供のせいにするのが間違っています。ほめ続けてください。レッスンでどんなに厳しく注意されても、子供にとって一番ほめてほしいのは親なんです!練習するたびに「上手になったね~。昨日よりうまくなってるよ」たったその言葉だけでも、子供はうれしいものです。それが子供のモチベーションにつながります。

長々と書きましたが、褒める技術が良い指導者の技術です。いつも褒めては上達しません。普段は厳しくて当たり前。時々(笑)

みなさんが長く音楽を楽しみ続けられることを何よりも願っています。

メリーミュージック代表 野村謙介