今回のテーマは理論的な面と主観的な感覚の両面からヴァイオリンの「成長=良い音に変わる変化」と「寿命=良い音が出せなくなる」状態について考えるものです。理論について私の知識では判断できないので論文を解説している動画を使います。感覚的な面は自分が使用してきたヴァイオリン・ヴィオラを元に書いていきます。
冒頭の動画は理論的なヴァイオリン=木材の経年変化をまとめた部分から再生されるようにリンクを張ってあります。詳細を見たい方は動画の最初から見直すことをお勧めします。
結論を一言でまとめてしまえば木材を伐採してから200年頃が「固さ」「音の響き」のピークだという事です。それまでの間は特に振動を音に変える効率が上がり続ける「過渡期」であり、一方で木材の「固さ=強度」は150年から徐々に劣化してくことが科学的に証明された事実です。当然、伐採後の防腐処理や使用環境によってこの数値は変わりますし木材の個体差も関係しますが「理論上」とは多くのデータを基に導き出されるものです。演奏家の「感覚」とは別の次元で「正しい」と言えます。
ストラディバリウスは良い音を出すヴァイオリン。それを否定する意味ではありません。
ただ現実問題として「劣化」は避けられない事実です。修復をすれば元の楽器から徐々に遠ざかっていきます。最終的には表板も裏板も違う部材に変えたとしても「ストラディバリウスです!」と言えば言えます(笑)
この動画では触れていませんが「名器」と呼ばれるヴァイオリンに使われている木材を分子レベルで解析し「前処理」つまり楽器を作る前に木材にどんな処理をしたか?と言う事を分析する論文もあります。演奏する私たちが知る由もないことですが、ストラディバリもグヮルネリもそれぞれに「薬品」に木材を漬け込んでいた(笑)のは間違いないようです。細胞や分子レベルまでの分析が出来るようになり、楽器を破壊することなく調べた結果なので疑いの余地はありません。
300年前に今の科学技術があった訳でもなく、さらにその300年前には色々な大きさ形のヴァイオリンがあった事を考えれば、アマティやストラディバリがどれほど優れた楽器製作者だったかを示しています。
二本目の動画でシューベルト作曲「アヴェ・マリア」の演奏に使用しているヴィオラは陳昌鉉さんが2010年に製作された楽器です。
演奏しているのは2012年12月。5月に陳昌鉉さんがご逝去され、追悼と感謝の気持ちを込めて演奏したものです。
陳昌鉉さんは常々「ストラディバリのような楽器を作りたい」とお話しされていました。
このヴィオラの顎当てを私好みに削って頂くために工房に伺った際に私が「生まれたばかりの楽器なのに《おじいちゃん》のような深い音」と表現すると陳昌鉉さんは嬉しそうに笑いながら「ありがとうございます!何よりも嬉しい言葉です」と仰っていました。
「ヴァイオリンのメッカ」と呼ばれるクレモナで少し前に「イタリアの楽器は100年経ってからいい音になるんだ!」と自分の楽器について謎の自慢をしていた有名な製作者がいましたが(笑)100年後に製作者も演奏者も間違いなく「お星さま」になっていますから証明できる人はいません。ある意味「言ったもの勝ち」ですが。
ストラディバリの楽器は出来た当時から「素晴らしい楽器だ」と評価され多くの演奏家、楽器商が彼の楽器を買い求めた結果、信じられないほどの数の楽器を生涯にわたって作り続けました。つまり「100年後に!」なんてストラディバリは言っていないし、当時「新作」だった彼の楽器が本当に素晴らしかったことは事実なのです。
ここまで書いて「ちゃぶ台返し」をします(笑)
ヴァイオリンを作る製作者=職人は何故?自分の作ったヴァイオリンが「良い音」だったり「演奏しやすい」と分かるのでしょうか?製作者の中には自分でもヴァイオリンの演奏ができる人もいます。しかしどう考えてもヴァイオリンとチェロを同等に弾きこなす人だとは考えられませんし、そんな技術も時間もなかったはずです。「演奏者からの意見=評価」に素直に耳を傾ける謙虚さのない製作者が良いヴァイオリンを作れるとは思いません。先ほどの「100年後」を豪語した製作者は、自分の作ったヴァイオリンの「評価」が自分の予想以下だったから「ふっかけた」としか思えません。本当に演奏者が弾いて「素晴らしい」と評価をしていたなら「100年後」と言う言葉は出てこなかったはずです。今現在の音が固すぎたりキンキンしていたり楽器が鳴らなかったりという不満や評価を素直に受け入れていれば、きっといつか本当に良い楽器製作者になれたかもしれません。
楽器は演奏者が演奏して初めて「楽器」になるものです。どんな楽器でも演奏の技術が優れた人が演奏すれば「楽器の価値」も高くなります。粗雑に扱われ演奏技術の不足した演奏家に乱暴に使われたヴァイオリンに「楽器が良くない」と暴言を吐く人を私は軽蔑します。
製作されて300年経過した楽器を「最高の楽器」と決めつけ崇める事には違和感しか感じません。既に修復を重ね木材は往年の響きや強さを失っている楽器が最高だとしたら出来たばかりのヴァイオリンを誰が?育てるのでしょうか?あまりにも身勝手な考え方だと思います。
人間と似ていると思います。子供の頃に親や周囲の人に愛されて、正しいマナーやモラルを身に付けた人と、甘やかされわがまま放題に育った人の違いです。さらに言えば、どんな子供=ヴァイオリンでも大切に愛情を持って育てれば、人=ヴァイオリンとして成熟した大人になります。人もヴァイオリンも「生まれ」が大事なのではなく、育つ過程が一番大切だと思います。
新作ヴァイオリンは良い音がしない…これははっきり言って「嘘」です。すべての新作楽器を否定するような考え方は間違っています。
しかしヴァイオリンは冒頭に書いたように作られてから200年ほど経過したときが「全盛期」だと言えます。それまでの200年間、何人ものヴァイオリニストに大切に演奏・管理されればという条件があります。300年経った楽器を大切にするのは「伝統を継承する」意味しかありません。むしろ今後は演奏に使用するのではなく「貴重な歴史的資料」として管理すべきだと思います。若いヴァイオリニストにストラディバリウスを貸し出すよりも「これから成長する」ヴァイオリンを大切に演奏させるべきだと考えています。
最後までお読みいただきありがとうございますした。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介