メリーミュージックブログ

演奏家夫婦が優しく丁寧に指導

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メリーオーケストラ演奏会終了

今年で20周年、第40回の定期演奏会を無事に終えました。
回を重ねるごとに、このメリーオーケストラに参加してくれる多くのプロの演奏家たちが、「すばらしい」と称賛してくれます。
私は単純な人間なので、素直にうれしく、誇らしく思っています。

言うまでもなくメリーオーケストラは「アマチュアオーケストラ」です。
プロの演奏家が、高い技術で演奏する音楽とは、演奏技術も表現できる音楽の内容も、まったく比べられるものではありません。
むしろ私は、比べるべきではないと思っています。
プロの演奏を真似することは、アマチュアには無理なのです。
同じ楽譜を同じ編成で演奏しても、出来上がる音楽は「別のもの」なのです。
「アマチュアだから下手で良い」と言う意味ではありません。
逆に言えば「プロは、じょうずで当たり前」なのです。
アマチュアオーケストラの定義てなんでしょう?
「演奏会で入場者からお金をもらうか?」ではありません。
現実にアマチュアオーケストラの多くが入場料を徴収しています。
メリーオーケストラも過去数回、ひとり500円ほどの入場料で演奏会を開いたことがあります。結果。お客様がそれまでより、半減しました。
演奏会を開くために、ホールの使用料、賛助出演者への交通費、お手伝いの方への交通費など、メリーオーケストラの場合でも1回の演奏会で、約75万円ほどの費用がかかります。その費用を、会員と賛助会員の方たちからの「大切なお金」で支払い続けています。
NPO法人(特定非営利活動法人)だから、公的な支援があると思っている方もおられますが、違います。
また、多くのアマチュアオーケストラが演奏会で広告をプログラムに掲載して、収入を得ていますが、NPOの場合、これも基本的にできません。
「法人」ですから、メンバーは正確には「社員」です。
通常の法人社員なら「給与」をもらえますが、NPO法人の場合、社員には給与を支払ってはいけません。それでも「法人」なのです。
そんな理由もあるのだと思いますが、私が調べた範囲では、日本中に「NPO法人オーケストラ」はどうやメリーオーケストラだけのようです。

なぜ?NPO法人にしたの?
素朴な疑問ですよね。
「社会や人のために、国が定めた、何種類かの「目的」を達成するだけの業務を行い、
利益を目的としない団体」がNPO法人です。
メリーオーケストラの場合は、
「青少年の健全な育成」
「音楽の普及」
という目的のために
「月に一回の公開練習」
「年に2回の定期演奏会」
を実施し、
「会員からの月会費3,000円、賛助会費一口年間2,000円」を活動の資金とすることが「定款」で決められています。
さらに「毎年1回の定例総会を開く」「理事と幹事による役員会をおく」ことなどが決められています。「貸借対照表」も公開する義務があります。
つまりは、「目的が明確な団体である」ことを表しているオーケストラなのです。
…大したメリットはありません(笑)
ただ、メリーオーケストラの「主旨」を考えた時、これ以外の目的もなく、
これ以上の活動も無理なので、どんぴしゃ!だとも言えます。

音楽を通して、子供の成長を見守り、人の輪を広げる活動です。
そこには「技術や年齢、居住地域、しょうがいの有無」などは関係ないのです。
その上で、演奏のレベルを維持することと、お客様と一緒に音楽を楽しめることが不可欠なのです。
クラシックばかりではなく、大人が聴いて楽しい曲ばかりではなく、どんな人にでも楽しめる「コンサート」を「継続」することは、本当に難しいことです。
一人はオーケストラは出来ません。多くの演奏仲間に理解してもらって、初めてできることです。
そんな思いが、参加してくれるプロの演奏家の共感を得られるのは、プロの演奏家として、とても誇らしい事であり、光栄なことです。
「自己満足で終わらない。けれど、常に良い音楽を目指す」
音楽の「美しさ」には、プロもアマも関係ないと思います。
技術は「目指す音楽」がなければ、無意味だと思います。
メリーオーケストラの音楽は、演奏する人、お聴きになる人が、「楽しい」と思える音楽です。そんなオーケストラが日本にひとつ、あっても良いと思っています。
これからも、皆様のご理解とご協力を、心よりお願いいたします。

NPO法人メリーオーケストラ 理事長・指揮者 野村謙介

オーケストラを身近な存在に

今(2022年1月12日)から20年前、2002年1月14日(日)
小さな小さな「メリーオーケストラ」と名のついた、弦楽器による演奏集団が、初めての演奏会を開きました。
次があるのかないのか(笑)さえわからないのに、「第1回定期演奏会」と銘打って、再開発を終えたばかりの橋本駅前に、出来たばかりの「杜のホールはしもと」を会場にしました。定員520名。どう考えても大胆すぎる。

当時、私は中学・高校の教諭(いわゆる先生)として働いていました。
その学校も1985年に新設された時に、たった一人の音楽教諭として着任しましたが、誰の力も借りることが出来ない環境で、11人の部員でスタートしたオーケストラを2002年当時には150人の日本でも1・2の規模のスクールオーケストラにしていました。
地域の子供たち、自分の子供たちが演奏できるようなオーケストラを、地元で探しましたが、当然!ひとつもありませんでした。
「ないなら作る」
という安直な発想で、2001年に準備を始め「楽しい」という意味がある(だろう)と思う「メリー」という名前のオーケストラを立ち上げました。
4歳から小学校5年生までの子供たちのヴァイオリン。
ヴィオラ、チェロ、コントラバスはプロの仲間に演奏してもらいました。
子供たちが私の家や、ホールの練習室、さらには合宿で練習し、本番ではめいっぱい!ドレスアップして舞台に立ちます。
予想をはるかに上回るお客様に来場いただき、子供たちは初めての舞台で緊張しながらも、弾き終えた感動、信じられないような大きな拍手を体験しました。
ふるさと、夕焼け小焼け、赤とんぼなどを、なんとか全員で演奏し、少し難しい曲は弾ける子供たちだけで演奏しました。それでも余りに時間が短かったので、最後にプロだけの演奏も加えてコンサートを成立させました。
この演奏会が、まさか20年間、毎年2回の定期演奏会を開き続けることになることは、私も含め誰も想像していませんでした。

1回、2回の演奏会を開いてやめることなら誰にでもできることです。
継続することが、どれだけ大変なことなのかを知りました。
メンバー同士のいざこざ、指導に自ら関わってきた地元のヴァイロン指導者の
「生徒持ち逃げ」、運営自体を保護者に任せられない「信頼感欠如」など。
さらには自分自身の退職と、うつ病と闘いながらの演奏会。
それでも「NPOにしたら?」という当時のホール館長の軽い言葉を真に受け、自力で県庁に通って特定非営利活動法人(NPO)化を成し遂げました。
夏には台風、冬には大雪に見舞われたこともありましたが、演奏会は開き続けました。
メンバーの子供たちは成長とともに地域を離れるケースもありました。
それでも当時小学校5年生だった女子メンバーは、音楽高校、音楽大学と進学し、メリーオーケストラの指導者になっていました。やがてその「子」が「母」になりました。今はまだ幼く、お仕事で海外にお住まいですが、きっと帰国されたらメリーオーケストラの「2世代目メンバー」になってくれることを夢見ています。

オーケストラは器楽演奏の規模がもっとも大きな演奏形態です。
演奏に必要な「こと」「もの」「ひと」があります。
一番必要な「こと」は「絆」です。
どんなにお金があっても、人との絆がなければオーケストラは成立しません。
そして「もの」として必要なのは「ホール」です。
毎回の演奏会ごとに、ホールの抽選会に参加しています。
会場がなければ演奏会は開けないのです.
さらに必要な「もの」はずばり「お金」です。
ホールは無料では使えません。練習会場を借りるにもお金がかかります。
演奏会で参加してくれる仲間に、最低限の交通費を支払うのにもお金はいります。楽譜を作るのにも、備品を購入するのにもお金がかかります。
そして「ひと」です。
演奏する人も、聴いてくれる人も、応援してくれる人も必要なのです。
もちろん、こんな演奏に興味のない「ひと」もいます。
もっとクラシックだけやれ!という人もいます。
色々な意見を言ってくれる人も必要です。
メリーオーケストラの財産は「ひと」なのです。
今まで演奏に少しでもかかわってくれた人。
一度でも演奏会に来てくれた人。
賛助会員になってくれた人。
オーケストラ活動を20年間続けるためのエネルギーは
すべて「人」からもらいました。決して自分の力ではありません。
人の輪が広がることが、音楽を広めることです。
音楽でつながれば、人と人の「和」ができます。
争いも戦いもいらない「和」それこそが「平和」です。
メリーオーケストラを続けることが子供たちの明るい未来につながることを
ただ、願っています。

NPO法人メリーオーケストラ理事長 野村謙介



14年目のリサイタル終了

今回で14回目となる、浩子とのデュオリサイタルが無事に終わりました。
14年前…2007年の冬に始まった二人だけで演奏するコンサート。
これまでに165曲の曲を演奏してきました。数えてみて自分でびっくり。
当初はヴァイオリンとピアノでの演奏でした。
2010年からヴィオラとヴァイオリンを持ち替えてのコンサートになりました。
ヴィオラは高校時代から好きでした。学校のオーケストラで初めて演奏し
「ハ音記号」に戸惑いました。
学生時代、演奏のアルバイトでヴィオラを弾く機会が多かったので、実家に仕事の依頼の電話がある時「ヴィオラの野村さんのお宅ですか?」と言われるようになり、父親に「いつからヴァイオリンをやめたんだ」と叱られた(笑)
やめていませんでしたよ!ただ、ヴィオラが好きだったのと、圧倒的にヴィオラを弾く人が少なく、オーケストラのエキストラもヴィオラが常に足りない時代でした。

メリーオーケストラの運営、指導、指揮、事務作業と、
メリーミュージックの経営とレッスン、同じく事務作業。
年に2回のメリーオーケストラの定期演奏会、年に2回のメリーミュージック生徒さんによる発表会。加えて、年末と年始のリサイタル。
このイベントのための準備が常にある中で、レッスンをしています。
どれが大切?すべてです。すべてが私のライフワークです。
教員時代と比較し、年収は100分の1以下です。これ、本当です。
NPO法人メリーオーケストラの理事長
だけど、無報酬です。
有限会社メリーミュージック代表取締役(いわゆるしゃちょー)
だけど、現在無報酬(会社に貸していたお金を返してもらいながら生活)
だけど
高給取りの教員生活には、ぜっつっつっつっつっつっつたい!戻りません。
命をかける仕事ではありません。私にとっては。ですけれど。
妻の浩子には、本当に申し訳ない気持ちです。感謝の気持ちしかありません。
その浩子と演奏する時間「だけ」は、ほかの事を考えずに好きな音楽を作ることに全力を出せます。体力も年相応です。ふたりとも、病気と共存しながら、前向きです。

いつまで、このルーティンを続けられるのかわかりません。
「ライフワーク」は「生きている限りやる」ことではなく、「生きがいとしてやる」ことだと思っています。無理をして続けても、生きがいに感じなければ意味はありません。その時には、気持ちよくすっぱり!やめるつもりです。
何が初めにできなくなるのか?わかりません。考えることもしません。
楽しいと思える瞬間があれば、つならない事務作業(ごめんなさい!)も必要だから乗り越えられます。
楽しさも苦労も、比べるものではありません。
楽しさを期待しても、苦労を心配しても、結果は変わりません。
「楽しい」と思えることのためになら、苦労は「苦しい労働」ではなく、「労働」と思えます。
音楽家ですと、ふんぞり返る(笑)より
音楽屋です!と笑って答えたいと、いつも思っています。

メリーミュージック代表・メリーオーケストラ代表 野村謙介

ヴァイオリンとピアノの指使い

大人のヴァイオリン生徒さんたちの中で、ピアノの演奏を楽しんでこられた方が多くいらっしゃいます。
楽譜はピアノに比べて、単旋律でト音記号しかなく、きわめて「簡単」です。
もちろん、それぞれの生徒さんの技術差によって、リズムを正確に演奏できるか?や、ピアノなしで旋律を歌えるか?などの違いはあります。
その差とは別に、指使いで混乱する生徒さんが多く見られます。
そこで、今回は「ヴァイオリンの指使いを考える」ことにします。

ピアノの指番号は、両手ともに親指が「1」小指が「5」ですよね。←そこまで自信がないのか(笑)
一方ヴァイオリンは、左手の指にしか番号はつけません。親指は番号なし。人差し指が「1」で小指が「4」です。「5」はありません。
ただ「0」という数字が使われます。これは左手で弦を押さえない=開放弦を表しています。


ピアノと比較して「ひとつ、ずれている」ことになります。
それだけのことでも、長年ピアノを演奏してきた人には、「3」と書いてあれば「中指」が動きます。ヴァイオリンでは「3」は「薬指」です。
違いはもうひとつ。
ピアノの左手指番号は通常であれば、
1→2→3→4
と並べば、音が「低く変わる」ことに対して、
ヴァイオリンの指番号は、通常同じポジション、同じ弦であれば
1→2→3→4
で「高く変わる」のです。
……説明が難しい(笑)
感覚的に、音が順番に高くなる「楽譜」を見た時、
ピアノの左手であれば、
5→4→3→2→1
ですよね。
ヴァイオリンでは、順番に高くなる楽譜は
1→2→3→4
もしくは
0→1→2→3→4
です。
これを視覚的に説明すると、
左手を、手のひらを「上」に向けて、右手は手のひらを「下」に向けた状態にしてみてください。
すると、左端から、左手の親指→人差し指→中指→薬指→小指 続いて右手の親指→人差し指→中指→薬指→小指となります。
この状態でピアノは?
弾けません!よね?(弾けたらごめんなさい)
ヴァイオリンは、この状態で演奏しています。
実際には、左手をさらにもう少し「左側」にひねります。左手の小指を自分に近付けて、親指を向こう側に追いやる形です。手のひらが、少し左側を向きます。
変な向きのように感じますが、実は!
この両手の指の向きをそのままで
リコーダーの仲間も
フルートも
ギターもアコーディオンも弾けます。
言い換えると、ピアノとオルガンが、両手ともに「手のひらを下に向ける」楽器なのです。
 

指番号を頭の中で、楽器ごとに変えることはきっと大変ですね。
私たちヴァイオリニストの多くが、音楽の学校で「ピアノ副科」という履修科目でピアノを少しは学びます。あくまで「副科」です。←いいわけっぽい。
私自身、高校3年終了時のピアノ副科実技試験で、スケール全調!弾けるように「させられ」ました。両手で同時に音階を何オクターブも上がって、下がって…
私には「地獄」に思えました。手が裏返りそうになったり、同じ指で何回も弾いたり…。それでも「まし」な方でした。私の同期のフルート専攻の男子(本人の名誉のために名前は伏せます。I君)は、試験官の先生から「はい。I君。F dur(ヘ長調)ね」と温情の調を指定してもらえたのに、なぜ?そこの「F(ファ)から始める?」と誰もがあっけにとられる高い「ファ」から、ゆ~っくりと一音ずつ「ファ~~~~……ソ~~~~……ラ~~~~……」と弾き始めました。審査の先生方は、全員下を向いて必死に笑いをこらえています。廊下から覗き窓ごしに覗いていた私たちは「ばか!きづけよ!おい!」と小声で怒鳴っていました。やがて、I君の右手がピアノ右端、最後の「ド」を弾き終えた瞬間!
I君「あれ?!」…気が付いた…はるか前から、鍵盤が足りなくなることは私たちでさえ気が付いていました。審査の先生方が一斉に笑いをこらえきれず、天を仰いで大爆笑。
これぞ。副科ピアノの醍醐味です! ←意味が違う
そんな私たちですから、ピアノの指使いは「考えない」ことにしています。
中には、ピアノ科と同等にピアノを弾きこなすヴァイオリン専攻の人もいました。その方たちの頭の中、きっと脳みそが二つあるんだと思います。

話がそれまくりました。
要するに←無理やりまとめにはいる
ヴァイオリンの指番号は、
向こう側が1
こっち側が4
1234で音が高くなる。
4321で音が低くなる。
ピアノと比較しないほうが感覚的に良いと思います。
頭の中で「暗算」をするのは良くありません。
それは、読み替えの際も同じです。
感覚的に「違うスイッチ」を持つことです。
さぁ!ピアを弾ける生徒さん!
いまは「ヴァイオリンを弾いている」のです。
ヴァイオリンのスイッチをいれましょう!
(注:簡単ではありません)

ヴィオラを持つとト音記号が読めなくなるヴァイオリニスト 野村謙介

ストラディバリウスの格付け

今年もお正月のテレビ番組で、面白い実験がありました。
芸能人格付け〇△
もちろん、番組ですから多少なりとも演出=やらせの部分はあって当たり前です。
ワインやダンス、ゴスペル、お肉などの「ランク付け」を芸能人がする内容です。
その中で、ほぼ毎年のように「ストラディバリウス」を当てるコーナーがあります。
カーテンの向こう側で、「プロの演奏家」と称される方々が、
「名器」と言われる楽器と、「入門用」と言われる楽器を弾き比べます。
同じ曲を、同じ演奏者が、高い楽器と安い楽器で演奏する設定。
テレビは当然のことですが、録音する機材、音の処理、テレビのスピーカーなどで生の音とは全く違う音を私たちが聞くので、楽器本体の「音量・音色」はわかりません。
スタジオで聴いている芸能人が、ほぼ全員!安い楽器を「高い楽器」と「判定」
番組的に盛り上がりました。

牛肉と鹿肉と豚肉の「赤ワイン煮込み」を食べ比べ、牛肉を当てるコーナーでも、多くの回答者が牛肉以外を「おいしい牛肉」と判定。
調理と味付けで判断が難しいのでしょうね。
ワインも同様でした。

ちなみに、私がストラディバリウスを当てられたか?
判断不能。どうしてもどちらかを選べと言われたら?
あてずっぽうで答えます(笑)
演奏技術も重要な要素(判断を間違えた原因)ではありますが、あえてその部分にはコメントしません。おそらく、誰が弾いたとしても結果は同じです。
なぜ?あたらないのでしょうか?

あてずっぽうで、やれ「低音の響きが」とか「澄んだ音色が」だとか理由をつけて「当たった!」という方はいるでしょう。単なる「まぐれ」かも知れません。
違う見方もできます。
ワインの「鑑定」を職業にしている「ソムリエ」は、味や色から年代や産地を当てられます。ただそれは「おいしい」とか「高い」を見分ける鑑定ではありません。
ヴァイオリンの鑑定を職業にする方がいます。
ヴァイオリニストではありません。さらに言えば、ヴァイオリン製作者でもありません。
多くの写真と経験から、そのヴァイオリンが本当に「ラベル通りのヴァイオリン」であるかを鑑定します。むしろ音色や音量ではなく「見て鑑定する」方法です。

ストラディバリウスの音色をいつも聴いている人でも、違うストラディバリウスの、音だけを聴いてストラディバリウスを判別することはできません。
先ほどの番組内で、ある芸能人が「違うことはわかるけれど、どちらが安い楽器かわからない」と、ずばり!正解を言っていました。
ストラディバリウスを高く評価する人がたくさんいても、聞き分けられる人がいないのが現実です。

高い値段のヴァイオリンが良い楽器ではありません。
安い値段のヴァイオリンが悪いとも言えません。
ストラディバリウスが、世界で一番良いヴァイオリンではありません。
産地や銘柄、ラベル、値段、他人の評価で物事の良しあしを判断するのは、間違っていないでしょうか?
自分の五感で感じるものを、一番尊重するべきです。
おいしいと思うものは、その人の身体にも良いものだと言われています。
「臭い」と感じる匂いは、その人にとって有害であることを脳が教えているという学説があります。
良い楽器とは、演奏する人を幸せにする楽器です。
縁のない楽器もあります。買えない楽器は、その人にとって縁がないのです。
縁がない楽器には、その人を幸せにする「力」はありません。
本当に良いヴァイオリンと、生徒さんが巡り合えることを願っています。

ヴァイオリニスト 野村謙介

2022年は?

2022年になりました。今年は寅年=ネコ年(笑)
良い一年になりますように。と近所の八幡様に浩子とぷりんと三人でお参り。


大晦日、元旦もいつも通りの練習をできる環境に感謝です。
今年のキーワードは「ボディスキャン=自己認識」
夜、寝ながら身体の色々な場所をリラックスさせる習慣をつけています。
瞑想とまではいきませんが(笑)頭の先から足の指先まで、息を吐くたびにリラックスしていきます。途中で寝てますけど…。

楽器を弾いていると、習慣的に無意識に「余計な力」が身体の色々な場所で入っています。この無駄で有害な力を、意識的にリラックスさせることを目指していきます。
健康という面でも、自分の肉体を観察することは有意義だと思います。
私は自他ともに認める「大げさマン」です(威張ることじゃない…)
ちょっと血が出ただけで、オロオロ&あわあわします。
おかげで(ちがう気がする…)今まで生きてこられました(もっと違う…)
数年前、心不全で入院して初めて自分の身体を隅々まで調べられました。
それまで、「年のせい」にしていた筋肉の疲れ、手足の「つり」も、どうやら血液の流れが悪かったことも原因のようで、ここ1・2年、まったく攣らなくなりました。


自分を認識することは、とても難しいことです。
他人を観察するよりも、はるかに。
立って演奏している時に、すべての重み=重力を感じることから始めます。
すべての重みを、足の裏で支えている意識。
足の裏に続く足首→ふくらはぎ・すね→ひざ→太もも→お尻→腰・おなか→背中・胸→肩
そこから分かれて、首→口→鼻→目→額→頭と、
上腕(二の腕)→肘(ひじ)→前腕→手首→手のひら・手の甲→それぞれの指
すべての「自分」に意識を巡らせることを繰り返し練習します。
身体を動かす時に、必要な「力」を探すことを意識しながら楽器を弾きます。
今まで生徒さんにも自分にも「脱力」の重要性を強調してきました。
脱力するためには、自分の「重さ」を意識することが最初なんだと、
今頃になって考えるようになりました。
重たく感じることができなければ、必要な力もわかりません。
今年の目標は、きっと一生の目標になるような気がします。
毎日、繰り返します。自分のために。

ヴァイオリニスト 野村謙介

61回目の大晦日

毎年大晦日に思うことですが、
今年も一年、生きてきたことを不思議に感じます。
人間、いつかは土に帰るものです。
自分が生まれてきた瞬間のことは、誰も覚えていません。
母がいて、父がいて。自分がいる。
その両親が育ててくれた記憶さえ、次第に薄くなっていきます。
幼いころの記憶で一番多いのは、病弱ですぐに高熱を出していたことです。
物心ついてから、暗いところで何も見えない自分の眼で、大人になって生活することはできないんだろうな…といつも考えていました。

ヴァイオリンという楽器に巡り合わせてくれたのも両親でした。
音楽を聴くことが好きだった両親ですが、よもや私が専門的に音楽を学ぶことになるとは夢にも思っていなかったでしょう。
小学生のころに、楽譜が小さくて読めない私に、母がスケッチブックに定規で五線を引き、楽譜を手書きで大きく書き写してくれました。
「いつか楽譜を大きくする機械ができたらすごいのにね!」と笑いながら話していた母親に感謝と尊敬の気持ちを忘れません。

中学3年生の夏から音楽高校の受験モードに入るという信じられない暴挙。
確かに必死でした。レッスンのために中学校に遅刻して登校して、学年主任の体育教師からさんざん嫌味を言われても、それどころではなかった(笑)
めでたく?希望していた以上の学校に滑り込んで入学。
どん底を味わいながら、成長し大学へ進学。
5年かけて卒業(まぁまぁ笑)し、なぜかプロの演奏家の道に進まず新設される中学校・高校の教諭の道を選びました。
後で父から聞いた話「あの時は、心底!腹が立った。なぜ音楽の道を捨てたのだと。」だそうですが、就職後も応援してくれた両親です。きっと、目の事も心配だったのでしょう。
学校で、がむしゃらにオーケストラを作り育て続け、11人の生徒で始めたオーケストラを150人に増やしました。
2~3年で辞めるつもりだった教員生活を20年間、続けたのは「生活のため」でした。その間、ヴァイオリンに向き合う時間はほぼ「ゼロ」
退職時には、管理職のパワーハラスメントで精神を病むことになりました。

生きることが一番難しい時でしたが、幸か不幸か(笑)投薬のせいで当時の記憶が「まだら」というかあまりありません。
それでも、メリーオーケストラの活動を続け、レッスンを朝から夜まで続けていたのが奇跡に感じます。

ヴァイオリンを弾く「野村謙介」をもう一度呼び起こしてくれたのが、浩子でした。ふたりで演奏することが、今まで自分を育ててくれた両親への感謝を伝えることだと感じながら。

両親が私たちふたりの演奏を最後まで聴いてくれたことが、なによりの親孝行だったのかと思っています。
音楽が人の命に直接かかわることではなくても、
生きていくこと、そのものが音楽であると思うことがあります。


うまれてきたこと
育ててもらえたこと
出逢ったこと
笑ったこと
その すべてに
ありがとう
この命に
ありがとう

これからも、一日を大切にして、生きていきます。
どうぞ末永く、お付き合いください。
野村謙介

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14回目のリサイタル

普段は毎日、自宅や駅前の教室で朝10時から、生徒さんにレッスンをする生活です。そんな中で、年末と年始に実施ているこのコンサート「デュオリサイタル」。今年で14回目となりました。

演奏家として活動するのに、資格はなにもいりません。
言ってしまえば、自分は演奏家ですと言えば、その人は演奏家です。
プロフェッショナル=専門家だからと言って、必ずしも演奏の技術が高いとは限りません。アマチュア=趣味の演奏家だから言って、演奏がプロより下手だとも限りません。
演奏技術の評価も、人それぞれに違います。
誰かが上手だと思っても、違う人は「そう?かな?」と思うことも良くあることです。
「聴く側のプロ」なんてありえません!
演奏は出来なくても、音楽を聴いて楽しむことは誰にでもできることです。
その人を「聴く専門家」というのは、専門家の意味を取り違えています。
演奏家だって、他人の音楽を聴くことがあります。すべての人が「聴く人」になれるのです。専門家なんていません。

毎回のリサイタルでお客様が書いてくださる「アンケート」を演奏後に自宅で読むのが、何よりも好きです。私たちの演奏を楽しんでくださった方の、率直な感想を読むたびに、演奏して良かった!とつくづく思います。
時々「詳しいことはわかりませんが…」や「普段、音楽はあまり聴かないので…」という言葉を書いてくださる方がいらっしゃいます。
私たちにとって、そういう方たちにこそ、演奏を楽しんで頂きたいと願っていますし、難しいことを書いてほしいとは、まったく思っていません。
「楽しかった」や「なんだかわからないけど、涙が流れた」なんて書いてあると、もう嬉しくてたまりません!

音楽を無理やりジャンル分けする必要なありません。
好きな音楽は、それが演歌だったり、ロックだったり、クラシックだったりするのが自然だと思います。それぞれの「ジャンル」に良さがあり、ひとつひとつの音楽に違った良さがあります。人それぞれに、好きな音楽があるのです。
私たちのリサイタルは、第1回から一貫して「私たちの好きな曲だけ」を演奏しています。その音楽を演奏し、私たちが楽しめなければ、演奏はしません。
私たちの演奏は、どんな演奏の「型」にも当てはまらに音楽だと思っています。
ヴァイオリンとピアノ、ヴィオラとピアノで演奏する「型」はいくらでもあります。
私たちは、「ひとりでも多くの人」の心に触れる演奏を目指しています。
クラシック「も」演奏します。映画音楽「も」、タンゴ「も」、JPOP「も」
二人で演奏します。楽譜がある曲ばかりはありません。むしろ、楽譜は私たちにとって「素材」です。そこに私たちが「味つけ」をして「盛り付けて」皆様に聴いていただきます。

回を重ねる中で、成長していきたいと願っています。
多くの生徒さんたちから「教えられた」ことがたくさんあります。
今までに演奏したことのある音楽も、見直し、作り直して演奏します。
今回のリサイタルで、みなさまに1曲だけでも楽しんで頂ければ幸いです。
会場でお会いできるのを楽しみにしています!

ヴァイオリニスト 野村謙介・ピアニスト 野村浩子

音楽の形容詞

国語のお時間です(笑)
音楽の演奏を表現する時、「じょうず=うまい」とか「すごい」とか「素晴らしい」などの言葉を使いますよね。形容詞とは「物事の状態や性質が「どのようであるか」を表現する言葉です。現代日本語における形容詞は、例え「かわいい」美しい」のように終止形が「-い」で終わる語形であり、もっぱら述語」または「連体修飾語」として用いられます。」だそうです。
今回は特に「音色」と「演奏の印象」を表す言葉について考えてみます。

一般的に色とは、視覚的なことを現します。音の色とは?
実際には目に見える「色」のことで無いことは確かです。
音を色に例えて表現する、それが仮に「音色」の意味だとします。
明るい・暗い・淡い・グラデーション・暖かい・深い・濃い・薄い
などの他にも「色」を表す言葉があります。
音を表現する際に、これらの言葉を使うのは、とても面白いことだと思います。
色の表現以外にも、人間には五感と言われる感覚があります。
視覚・聴覚・嗅(きゅう)覚・味覚・触覚の五つの感覚です。
聴覚が音と深い関係なのは当然です。
嗅覚。香りや匂いを表すときに「〇〇のような香り」例えば「バラの花のような香り」とか「にんにくの香り(むしろ匂い?)」、嫌な臭いは「くさい」と表しますね。演奏を聴いて、香りを連想することは、あまり…ほとんど無いかもしれません。でも、人間の記憶の中には「香りの記憶」が強く残ることがあります。
母親の使っていた香水の香り。父親の香りは…マンダムだったり(笑)
好きな香りを想像させる「音」もあってよさそうです。
四つ目の「味覚」は、どうでしょうか?
甘い・からい・酸っぱい・にがい・しょっぱい
甘い匂いという表現がありますから、もとより味覚と嗅覚は近い感覚とも言えます。味の表現は、音色の表現と似ている面があります。
ちょうどいい甘さ
思い浮かぶと思います。ヴァイオリンの音を聴いて「心地よい」と感じる時、自分にとって「ちょうどいい塩梅(あんばい)」だという意味でもあります。
人によって、好みの甘さ加減、塩加減が違います。音色でもそうです。
ちょっと辛すぎる「音」や、甘すぎる「音」もあるように思います。
最後の「触覚」は、音の表現に持って来いです。
柔らかい・固い・暖かい・熱い・冷たい・滑らか・ざらざらした・吸いつくような・湿った・乾いた
他にも色々思いつきますが、これらの「触覚」を表す言葉の後に「音」とか「演奏」「音楽」を付けても違和感がありません。
暖かい羽根布団のような音
吸いつくように滑らかな音
固く冷たい音
いかがでしょうか?

私は自分の音や演奏を考える時に、出来るだけ想像しやすいイメージを思い浮かべます。
もっと「優しい手触りの音にしたい」とか「アツアツでガツンとした味付けにしたい」とか、「聴いていて涙が出るような演奏をしたい」など。
理想でしかありませんが、単に「大きく」とか「きれいに」「速く」ではないイメージのほうが好きです。結果として「心地よい演奏」だったり「惹きつけられる音」だったりすることを目指しながら。
生徒さんにも、わかりやすいイメージを伝えたいと心掛けています。
人間は必ずしも五感が揃っているとは限りません。
その人なりの「イメージ」があるはずです。そして、多くは自分の記憶の中にある「感覚」に頼っています。悲しかった思い出や、懐かしいと思う香りや手触り。自分の五感で感じたものを「音」「音楽」にして、人に伝えることは、とても楽しいことです。できないけれど「おいしい料理」をお客さんに食べてもらったり、良い香りの香水を作ったり、手触りの良い食器や布を作ることに似ています。
音楽が「人間の記憶を呼び起こす」芸術だと思っています。

視覚の代わりに嗅覚が強いヴァイオリニスト 野村謙介

クラシックのビデオカメラ

今回のテーマ。ビデオカメラです。
現在(2021年11月末)、ビデオカメラ購入で大いに迷っております。
凝り性&機械マニアとして、ドツボに落ちています。
思い起こせば、その昔に初めての「S-VHSデッキ」が発売されたとき、予約して世界初のデッキを買いました。当時、β(ベータ)=ソニーとVHS各社の戦いは凄まじかった!
その後、8mmビデオが発売され、VGHS-Cが消え、ハイエイトが主流となり、やがて「DV=デジタルビデオテープ」が主流となりました。
それら、すべての世代の「ハンディカメラ」を使ってきました。
現在は?世の中は「4K」「8K」と騒いでいますが、現実には「2K=フルハイビジョン」がいまだに主流です。そして、記録方法も、昔はテープでしたが現在は「SDカード」の時代。

今、ビデオカメラを使う人は、非常に限られています。
なぜ?
原因の一つは、スマートフォン(i-Phoneなど)で撮影する方法が、綺麗で簡単。
さらに、デジタル一眼レフカメラで動画を撮影出来て、画質も綺麗!
じゃ、ビデオカメラなんていらない?
いーえ!(笑)スマホや一眼が向かない「撮影ジャンル」が「音楽の撮影」なんです。トホホ(涙)
スマホで長時間、例えば2時間のコンサートを録画?できなくはないですが、
電源をつなぎながら、しかも「音声」はスマホのマイク。いい方法とは言えません。
一眼レフカメラは?一部のカメラを除き、30分以上、続けて撮影できません。これは「輸出規制」のため、一眼レフカメラは動画を29分までしか連続撮影できない仕様になっていたためです。さらに、音声は?マイク端子のついている一眼レフもありますが、音声にはこだわりがありません。電源は?バッテリーをいくつも用意しないと連続撮影できません。1曲ごとに一度停止。バッテリーを気にしながら撮影?これまた、音楽撮影には不向きです。
結果!ビデオカメラが音楽撮影には最適なアイテムとなります。

現在、家電メーカーも光学メーカーも「一般家庭用ビデオカメラ」の販売に極めて後ろ向きです。理由は先述の通りです。さらに、新規に発売されるビデオカメラは、ほぼすべて「4K対応」です。何が違うの?
撮影できる「細かさ」が今までのフルハイビジョンの約4倍の細かさです。
当然、記録の「大きさ」も倍以上になります。しかも、使うセンサーが高額なため、フルハイビジョンカメラに比べ、高額になります。
しかも、数少ない「家庭用ビデオカメラ」の中には、撮影時に外部の音声を取り込むための「入口=端子」がないものが多い!私は、撮影時にマイクを4本使用しています。それらのマイクをいったん「音声専用の記録機械=昔で言うテープレコーダー)につなぎ、その機械から撮影する「カメラ」に音声を送ります。
そうすることで、あとから編集する際に、記録された「CD並みの音声」と「カメラに記録された音声」を「同期=ぴったり合わせる=映像と音を合わせる」ことができます。

現在、使っているビデオカメラはソニーのハンディカムと、キャノンの中古家庭用ビデオカメラの2台。どちらもフルハイビジョンで撮影出来ます。が!
実はソニーのカメラには恐ろしい落とし穴があります。
撮影した映像と音声を、カメラで見たり、テレビにつないだり、そのままの映像と音声をディスクにするときには、まったく問題ないのですが…
編集するために、パソコンに取り込み、ソフトで編集しようとすると、
映像と音声が、まっっっっっっったく!合いません!なぜならば!
ハンディカム「だけ」は、映像の「ビットレート=一秒間に撮影するコマ数」を常に自動的に変えて記録しています!これは、どうにもハンディカムで変更することはできないのです。編集するための方法はただ一つ!違う特殊なソフトを使って、「常に一定のビットレートのデータに変換する」しかないのです。
私が今、使用しているパソコンは現代のパソコンの中で、一番早い部類の性能ですが、それでも、この変換作業に恐ろしい時間がかかります。ただひたすら「待つ!」作業の無駄!なのです。

業務用ビデオカメラは、今でも新しいものが販売されています。
業者さんが使う「放送局仕様」のカメラ、一台約500万円。ごひゃくまんえん。
安いものでも数十万円。家庭用ビデオカメラと「桁が違う」とはこのことです。
しかも、プロのカメラマンは、「オート」は使いません。ピント、ズーム、絞りを片手を常にレンズに当てて捜査しています。当然、素人には撮影することさえ無理です。しかも、私たちの場合、演奏を撮影するのは自分ではなく、お手伝いのスタッフ。つまり「ちょう!どしろうと」であり、可能な限り「押すだけで綺麗に撮影できるカメラ」が望ましいのです。なので、業務用カメラは「除外」

家庭用=民生用と言いますが、この中で「ハイエンド機」と呼ばれるカメラがあります。各メーカー、それぞれの時代にあります。ただ、現在民生用ビデオカメラは、パナソニックとキャノン、JVCしか販売していません。キャノンはすでに「やめる気満々」です。そうなると、フルハイビジョン「だけ」をターゲットにしたビデオカメラは「中古」しかなくなります。
実際に、買ってみました。アマゾンで。2世代前のキャノンの民生用ハイエンド機。届きました。充電しようとしたら、2つ入っていいたバッテリーの一つはまったく充電できず。もう一つは、容量の半分まで。まぁ、バッテリーは消耗品ですから、これは普通に良くあることです。新品のバッテリーをアマゾンで購入。さぁ!ビデオカメラに取付!……できない。なんで?どう調べても、同じ型番のバッテリーなのに、カメラに装着できない。は?
というわけで、カメラもバッテリーも「返品=返金」しました。
中古の当たりはずれは、どんな電気製品にもあることです。

今現在、パナソニックの民生用ビデオカメラ、約7万円。もしくは、キャノンの一世代前のハイエンド機、約6万円。どっちがいい?で迷っています。
パナソニックのは4K対応。このカメラを使ってフルハイビジョンに「ダウンコンバージョン=圧縮」したほうが、普通にフルハイビジョンで撮影するより綺麗だという「情報」もあります。新品なので、はずれはない。高い。それでも、このパナソニックの4Kビデオカメラは他社のそれより、だいぶ安いのです。天下の松下電器にしては珍しい(笑)
キャノンの中古、またはずれを引くのも怖いし、嫌だし。でも安い。中古なので高いもの=程度の良いものもありますが、きりがない。
あなたな~ら ど~する~?(笑)
困った困った。

迷えるおじさん 野村謙介