メリーミュージックブログ

演奏家夫婦が優しく丁寧に指導

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演奏の技術

音楽はすべての人に平等な楽しみ

動画はシューベルト作曲の「アヴェ・マリア」を私(ヴィオラ)と妻のピアノで演奏したものです。今回のテーマは「音楽」を広い意味で考えた時に、特殊な教育を受けた人や「マニア」と言われる人に限定された楽しみではない!ことを結論とします。

楽器を演奏する楽しみ方。好きな音楽を聴く楽しさ。
「学校で習う音楽=音楽の授業」では、両者を体験します。
残念ながら現代日本の義務教育課程で、音楽を「楽しむ」事は大きな目的ではありません。むしろ「成績」を付けるための授業になっていると言えます。無理もないことです。週に1時間=40分程度の授業で「楽器を演奏する楽しさ」を感じられる技術を教えることは不可能です。30人以上の児童・生徒に一人の教師が演奏技術をどうやって伝えろと?鑑賞まで「成績のため」の手段になります。
音楽を聴いた感想を言語化する技術や能力は、音楽の能力ではありません。国語の能力です。正直に「つまらなかった」と書けば、鑑賞の能力が低いと評価されるのが授業です。

話を「演奏する楽しさ」に絞ってみます。
楽譜を音に出来るか?という技術・能力は楽器演奏に「不可欠」ではありません。とは言え「記号」である楽譜を音にすることは、文字を読むことと非常に近いもので、日本語で言うならひらがなとカタカナが読めるレベルの学習で、楽譜の意味は理解できます。
それが「面倒だ」と言う人が、楽器を楽しく演奏したい気持ち・夢を実現できるか?と言われれば、正直「怪しい」と言えます。
楽器の演奏に必要な知識、技術の量と、楽譜を読み解くのに必要な技術を比較すれば、圧倒的に「楽譜は簡単」なのです。

楽譜を音にできれば、楽器の演奏は「即」楽しいか?
答えは残念ながら「いいえ」です。それは演奏する本人が「思ったように演奏できないストレス」を感じるからです。このストレスは、いつかなくなるのか?の答えも「いいえ」なのです。
つまり、楽器を思ったように=理想の演奏ができるようになるまでの時間・期間は「無限に必要」だという事です。
音楽大学に行けば誰でも思ったように弾けるか?無理です。
プロになった人は思ったように弾けるか?いいえ。
アマチュアはどうすれば良いのでしょうか?一生、演奏を楽しむ夢は叶えられないなら、最初から楽器なんて弾かない方がまし!(笑)
事実、多くの人が思ったように演奏できずに、演奏することから離れていきます。「自分に向かない」「才能がない」
本当にそうでしょうか?

私自身、60年近くヴァイオリンを練習して未だに思ったように演奏できません。「レベルが違う」「理想が違う」と生徒さんから言われますが、実は生徒さんの「悩み・ストレス」を私もずっと感じています。私「だけ」が、才能がなく、努力が足りない…そうなのかも知れません。ただ、これまでに多くの人に楽器の演奏を指導し、生徒さんと一緒に「弾けない理由」を考えてきた経験から「実はみんな同じだった!」ことを知りました。
自分からみて、自分より上手な人がいますよね?
上手な人は自分より「優れている」と思ってしまいます。
そこが間違っています。何も自分は劣っていないのです。
自分にしか演奏できない音楽に「自信」が必要です。
「へた」で良いのです。自分より上手な人のように演奏する必然性は?全くないのです。音楽は自由なのです。「こう!演奏しなければいけない」と言う規則も決まりもないのです。
奏でられる音は、言葉のように特定の意味を持たないのです。
音楽は人を傷つけないのです。それが音楽なのです。
楽譜に書いていない「音楽」を作る楽しさは、すべての人に与えられた権利かも知れません。
ぜひ、好きな曲を好きなように「演奏している」気持ちで楽しんでください。出来ないことにイライラするより、音楽を作っていることに素直に感動すれば良いだけです。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

安っぽい愛国主義に違和感しか感じない

動画は韓国の作曲家「チョン・ファンホ= Jung Hwan ho」氏の作曲による「Blooming Day」日本語だと「開花日」や「花の咲く日」と訳せます。
初めてこの曲(歌)をYouTubeで聴いた時から、歌詞の韓国語は分からないものの、音楽の素晴らしさに惹きつけられました。
作曲家チョン氏に演奏の許諾をお願いするDMを送ったところ、
「日本の方々に聞いて頂けるなら光栄です」とご快諾いただき、オリジナルの楽譜までお送り頂きました。

音楽に国境はない。これは古くから世界中で当たり前の事として言われていることです。「クラシック音楽」に限って考えても、ほとんどの著名な作曲家が、様々な国を渡り歩き作曲活動を続けていました。彼らの中には、独裁者に利用されることを拒み、他国に移住した人も数多くいました。彼らにとって「国籍」や「民族」「国家」よりも大切にしていたことがあったからです。「人として生きる」事が何よりも大切な事だったからに相違ありません。

近年「国家」「民族」が誤った捉え方をされている気がします。
一部の人…それが国を代表する人の場合、その国民は生命の危機さえをも感じる事態に直面します。個人の考え方に違いがあるのは当然です。「愛国」と言う意味の捉え方も、人によって違います。むしろ、それが自然なことです。
「愛国とは!」「愛国者とは!」と言う定義を、他人に押し付けることの愚かさと恐ろしさを知らない「知性の低い人間」が一番、恐ろしいと思います。
日本は過去に「帝国主義」と言う名のもとに、個人の尊厳を踏みにじってでも「愛国精神」をすべての国民に強要しました。その結果は「歴史」を素直に読めば、小学生にでも理解できる「過ちの連続」だったのですが、それさえ認められない、或いは曲解し「そんな事実はなかった」と歴史認識が出来ない人もいます。
「自分の国が正しい。他国が悪い」と思うのは個人の自由です。しかし、それを「国策」として広めてしまうのは、世界で孤立する道を選ぶことになります。
現代、自国で作られたものだけで生活できる日本人は、誰もいません。「自給自足」している日本人でさえ、電話やパソコン、自動車、農機具の殆どは、日本以外で作られた材料や部品を使って作られています。日本に限ったことではありません。資源の豊かな国でも、技術を海外から「輸入」している国もあります。観光資源で旅行者からの外貨で成り立っている国もあります。

他国民・自国民という言葉の定義さえ定かではありません。
「国籍」を複数持つ人はたくさんいます。その人は「何人」?ですか。
「民族」「血縁」として、日本人…これだって、祖先に日本人以外の民族の血を持つ人がいるかも知れませんよね?それは人類、すべてに言えることです。
「〇〇人は日本から出ていけ!」と叫ぶ知能の低い人がいます。
自分自身に「〇〇人」の血が流れている可能性を知らずに叫ぶ愚かさ。
「日本人ファースト!」って誰でも自分が一番大切で、自分の家族が大切なのは当たり前です。それをあえて「野村家ファーストだ!」って人前で言ったら?
「あいつ、頭が狂ったな」って思われます。当然です。
そもそも「自分が一番!」って他人に言う人間を、周囲の人が「そうだね」と思うでしょうか?むしろ「可哀そうな人だね」と同情されるはずです。

武器を持って戦う前に、言葉でお互いを理解できるのが「文明人」です。
気に入らなければ、相手を攻撃するのは「知能の低い生物」です。
相手を理解する「能力」は、自分を理解してもらう能力です。
その能力が低い人は「自分が一番」だと思い込みます。ただ単に、コミュニケーション能力の欠如した「悲しい人」です。私は「学力」も「品性」も不足した人間ですが、他国を悪く言うほど自分を蔑みたくはありません。
そして「武器」より「言語」で他人と理解しあえる人間でありたいと思っています。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

オリジナルアレンジ楽譜

動画はヴィオラとピアノで演奏したドボルザーク「私にかまわないで」(私を一人にしてとも呼ばれます)の演奏動画です。この曲をチェロの素晴らしい演奏で初めて聴いて以来、自分たちも演奏しよう!と言うことで、ヴィオラで演奏できる調性(キー)に移調して楽譜を作りました。ヴァイオリンでも同じ高さのままで演奏が可能です。
「ありそうでない楽譜」販売もされていない楽譜でした。無料の楽譜ダウンロードサイトにも、この調性の楽譜はありませんでした。「ないなら作る」のが私たちの考え方です。初心者のヴァイオリン愛好家でも演奏が可能な、ゆったりした曲ですね。この楽譜も「ぷりんの楽譜」として販売しています。サンプルをご覧ください。

お気づきの通り、楽譜はヴァイオリンで演奏できる「ト音記号」とピアノスコアになっています。もちろん、ヴィオラで演奏したい方にはハ音記号の「アルト譜表」で作成します。1セットで1,000円。PDFファイルでメールに添付してお送りします。お申し込みは以下のフォームに必要な事項を入力して送信してください。ご希望があればお好きな調に移調することも可能です。ぜひ!素敵な曲を演奏して楽しんでください!

ぷりんの楽譜申し込みフォーム
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScWNtiOUqXHYq4Bec4pgpDjWkmc4lFOBJ5HyTbO2m5Zb6AWVw/viewform?usp=header

ぷりんの楽譜発売!

楽譜の入手。皆さんはどうしていますか?
「ネット」がなかった時代、楽譜は「お店」で探して買うのが当たり前でした。ピアノの楽譜は、大きな楽器店でも手に入れられました。ヴァイオリンの楽譜の中でも「輸入楽譜」は専門店で買うしかありませんでした。
銀座にあるヤマハの楽譜売り場にも、ヴァイオリンの楽譜はありましたが、ピアノの楽譜の10分の1?いやもっと少なかったなぁ。
輸入楽譜を専門に扱う「アカデミア」にも通いました。
現代、ネットで楽譜を入手できます。ただ多くの場合、どんなアレンジなのか?までは確かめられません。「スクショ」で簡単に楽譜がダウンロード出来てしまうので、楽譜の中身すべてを見せることはできないので仕方ありません。
私と妻が演奏している曲の楽譜。実はほとんどが「手作り」です。
手書きと言う意味ではなく、パソコンのソフトを使って作ります。
アレンジは二人で考えながら、修正を重ねて仕上げています。
私自身が、ヴァイオリンとヴィオラを演奏するため、どちらの楽器でも演奏できるようにしています。
それらの楽譜の中で、作曲家の著作権が消滅している曲の楽譜を「ぷりんの楽譜」として販売することにしました。
フォームからご購入のお申し込みができます。
まだ少ないのですが、フォームの中に購入できる曲があります。
ヴァイオリン・ヴィオラのどちらかを選択して、もしも移調を希望される場合は、備考欄にお書きください。
参考の動画はYouTubeの再生リストにしてあります。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLL__E1BkTWThFEx1mJxPi302lR8P1mpks
お申し込みのフォームは
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLScWNtiOUqXHYq4Bec4pgpDjWkmc4lFOBJ5HyTbO2m5Zb6AWVw/viewform?usp=header
皆様のお申し込みをお待ちしています。

メリーミュージック公式アカウント作りました


今更ですが(笑)
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普通の日本人が音楽を楽しめる生活を返してください

 私たちのような「趣味の演奏家」は本来、生活の為に収入があってこそ!初めて「趣味」が楽しめるわけです。

 世の中の「プロの演奏家」は演奏して収入を得て、生活している人…と一応「区分」してみます。

 今現在の日本社会で「楽しむ」事ができる人は、果たしてどの程度?国民全体の何割?いるでしょうか。

 「自分は貧困家庭ではない」と思いたい気持ちは誰にでもあります。「自分だけじゃないから我慢するんだ!」という心掛けも立派です。これを書くと「お前は社会主義者だな!」と意味不明の太鼓判を押してくれる頭の弱い人が一定数います。

 現在の日本が「自由資本主義」だと思うのは間違いです。表向きとは違います。実際には「一部の人間による独裁社会」です。

決して「陰謀論」などでないのです。現実の数字を見ればわかることです。

☆税金は「すべての国民が生活できる」ために支払います。

☆政治家は「すべての国民のために働く」人です。

☆最低限の生活の「基準」はいくつかありますが、基本は貧しい人を豊かな人が支えることです。

!!!消費税がなかった時に「年金」「社会保障」は今以上の水準で支払われていました。

!!!減税して国民の負担が減れば「税収」が増えるのは世界の常識です。

!!!日本の「支出」の約7割が「天下り」と「政治家の利権と裏金」に使われています。支払っているお金の約5割は私たち国民が支払っている「税金」です。

!!!「減税するなら増税だ!」は嘘です。現実には「税金の使い残し」が30兆円=消費税10%の税収と同じだけあります。その使い道は「非公開」なのです。

!!!ガソリン税に消費税をかける。バカですか?

!!!消費税は消費者が負担「していません」!結果的に消費者が負担しているんだ!という幼稚園児並みの知能の人が嘘を言います。お店や企業が納める「すべての税金」は消費者からの収入で支払います。法人税も消費者が「結果的に」負担しています。それさえわからない人は小学校の算数をやり直すべきです。

!!!「欧米では!」「どこその国では!」と言う人に限って、日本と海外の「違い」を理解していません。

 30年前の日本は今よりずーーーーーっと豊かでした。それを知っているのは30歳以上の人です(当たり前)音楽家も豊かでした。音楽を楽しむこともできました。

 日本を取り返しましょう。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

ヴァイオリン奏者が考える弦楽器の録音と音作り

今回は「録音」について書いてみます。
言うまでもなく、演奏をホールで聴く「ライブ」「コンサート」と録音された音を、ヘッドホンやイヤホン、スピーカーで聴くことは、全く違う「音」です。どんなにお金をかけても、会場で響く音を完全に再現することは不可能です。
 一昔前、録音と言えばカセットテープやオープンリールテープに録音するのが当たり前でした。現在は「PCM録音」簡単に言えば、テープの代わりに音をデジタルデータにして、パソコンのハードディスクやSDカードに記録する方式になりました。
 昔と変わらない事もあります。
録音する際に必要になる「マイク」です。
演奏する会場が音楽ホールであれば、舞台上の天井に「三点吊りマイク」が設置されている事もあります。さらに言えば、そのマイクを使って録音するための機材も備えられているホールもあります。ホールに依頼すれば有料で、録音をしてくれるケースもあります。
 ただ、必ずしもそんな環境ばかりではありません。当然、録音を仕事にしている業者に頼めば時間単位での支払いで録音してくれますが、かなり高額になります。
 個人で演奏会を開催し、限られたスタッフの人数で実施する場合、どんな方法で録音すれば良いのか?そして、その録音したデータを、どう処理すれば自分の気に入った「音」に出来るのか?教えてくれる人は少ないものです。

 まず、用意するべきものは以下の機材になります。
1.コンデンサーマイク2本
2.マイクスタンド1本+ステレオアープ+マイクホルダー2個
もしくは、マイクスタンド2本とマイクホルダー2個
3.録音するためのレコーダー
4.マイクとレコーダーを設読するマイクケーブル2本(長さはマイクの位置とレコーダーの位置で変わります)
5.レコーダーの音を確認するためのヘッドホン(できるだけ密閉型のもの)
当然、電源も必要になります。
レコーダーに記録するためにSDカードが必要な場合もあります。

 マイクですが、何でも良いとは言えません。
多くの場合、マイクは「ダイナミックマイク」か「コンデンサーマイク」のどちらかです。ダイナミックマイクは、電源を必要とせず主にカラオケやボーカル、司会などで使われるもので、大音量に耐えられて頑丈ですが、繊細な音を録音するのには適しません。
 コンデンサーマイクはレコーダーからマイクケーブルを経由して、48ボルト(実施には非常に小さい電流です)の電気をマイクが受けて使われます。最近はUSBケーブルで電源を供給するマイクが多いのですが、会場で弦楽器の演奏を録音するのは向きません。コンデンサーマイクは繊細な音を収録するためのマイクですが、この中でも音源(楽器や人間の口元)に数センチの距離まで近づけて録音することに適したマイクが殆どで、会場で演奏者から離れて録音することに適したマイクは限られています。
 ちなみに私は「SeElectoro」というメーカーのペアマイクを使っています。このマイクには周囲の音360度をまんべんなく録音する「無指向性マイク」と狙った方向の音を録音するための「指向性マイク」があります。無人の会場で響きをすべて録音するのであれば、無指向性マイクが良いのですが、ほとんどの場合、客席にはお客さんがいて、物音を立てますので、指向性マイクが適しています。
 似たようなマイクで2本セットで2~3万円の安価なマイクもあります。探す時には「ぺアマイク」で検索する事をお勧めします。

 会場でマイクを設置する場合ですが、演奏する環境によって違います。
 舞台上にマイクスタンドを設置する方法は、ピアノの録音の場合に一般的ですが、弦楽器とピアノの「デュオ」を録音する場合には、ヴァイオリニストから2~3メートル前方でヴァイオリンの高さに2本のマイクを設置するのが理想的です。が!お客様から見ると「邪魔!」「目ざわり!」と思われます。
 その場合には、スタンドの高さを低くして客席から目立たない程度に下げるしか方法はありません。ヴァイオリン演奏者の「下」から、あおって録音するのでどうしてもピアノの音を大きく拾ってしまいます。

 基本的なことですが、録音した音から雑音をある程度除去することは可能です。例えば、お客様の咳払いとか、何かが落ちる音は特別なソフト(アプリ)を使えば相当小さくできます。ただ、エアコンのノイズは、一定の音量で一定の周波数で鳴り続けているため、完全に消そうとするとその周波数の「演奏の音」も小さくなってしまいます。
 ピアノとヴァイオリンの「バランス」も録音後に変更することはほぼ、不可能です。ヴァイオリンの出す音の高さとピアノの音の高さは基本的に「重なっている」ためです。ヴァイオリンの出せない低い音を弱くする事は後から出来ますが、低温の少ない痩せた音になります。つまり、リハーサル時にレコーダーにつないだヘッドホンで、ヴァイオリンとピアノの「バランス」がちょうどよくなる位置にマイクを設置することは、絶対に不可欠なことなのです。

 レコーダーですがマイクミキサーを兼ねた大掛かりなものもありますが、操作が難しく自分たちで録音する場合には不向きです。
 私はTASCAM(昔のTEACティアック)社の4本マイクが接続できるコンパクトなレコーダーを使っています。通常は2本のマイクで録音しますが、ピアノとヴァイオリンにそれぞれマイクを近づけて録音したい場合、4本のマイクが接続できて音量も変えられるレコーダーで重宝しています。ビデオカメラのレコーダーの上に載せて撮影し、ビデオカメラのマイク端子にレコーダーの音を送ることもできて便利です。

 最後に録音した音を「創る」作業です。
パソコンを使うのが一般的です。私はAdobeの「Audition」というソフトで音を加工しています。このアプリはラジオ局などで多く使われていたもので、ほとんどの音作りがパソコンで可能です。このソフトでなくてもいくつか編集ソフトがありますが、多くはDTM・DAWと呼ばれる「パソコンで音楽を作る人」向けのソフトです。録音物を加工するのには不向きなソフトも多いのが実状です。
 基本的には、ノイズの除去と音の高さごとの強弱=イコライザー処理、音場=空間の響き・残響なでの追加が主になります。
 ヘッドホンとスピーカーで、聴こえ方が全く違いますので、両方を聴き比べしながら試行錯誤して最善の音を作ります。
 この作業によって、音色はどうとでも変更可能です。スチール弦で演奏した音を、ガット弦の音にすることも可能です。逆もできます。
 ただ先述のように、録音された音がもやもやしていたり、ピアノの音が大きすぎる場合には手の施しようがありません。録音に失敗すると思った音に仕上げることは大変な作業になります。
 加工した音は「WAV」という形式で保存するのが理想です。MP3は圧縮して保存する形式なのでお勧めしませんが、配信する時などにはデータのサイズ=大きさが小さくなるので助かります。
 あまり細かいことは書きませんでしたが、大まかにこんなところですね。
 参考になれば光栄です。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

クラシック音楽は、なくても良い文化なのか?

 「クラシック演奏家・年収」というキーワードで検索すると、いくつかの文献があります。どんな職業であっても働く本人の「価値観」が最も重要であることは変わりません。働く目的も人によって異なります。「生活するため=生きるため」の人がほとんどですが、中には「道楽や生きがいのために働く」人もいます。「権力欲を満たすため」の政治屋を見ていると「こいつらの職業なんていらない」と思うのは私だけ?(笑)

 クラシック音楽を演奏したり作曲して生計を立てる人の生活を考えてみます。当然、非常に大きな「幅」があります。一部の「有名人」は年収で千万単位の収入があります。一方で多くの音楽家の年収は1000万円に満たないひとが多くて400万円ぐらいでしょうか。
「実力の世界」とも言えません。ボクシングやプロ野球の選手のように「数字」例えば勝率とか打率で「実力」を客観的に判断できる職業もありますが、日本のクラシック音楽家の場合「有名になる=仕事を得られる」のは、客観的な実力よりも「肩書」や「メディア受けする」事の方が重要視されます。

 今から40~50年ほど前、日本は好景気に沸いていました。私自身、学生時代に演奏のアルバイトだけで十分すぎるほどの「稼ぎ」がありました。テレビの歌番組での演奏、ポピュラー歌手のコンサートでの生演奏、レコーディングスタジオでの演奏、音楽鑑賞教室でのオーケストラ演奏などで、月に20万円以上収入がある場合も珍しくなかった時代です。
 演奏が「デジタル化」され、高い人件費よりシンセサイザーとコンピューターで「事足りる」事になりました。レコードがCDに、CDは「配信」に代わりました。

 人間が楽器を演奏し、会場での「生演奏を楽しむ」クラシックコンサート。「娯楽」の一つであることは事実です。生活に欠かせない事ではありません。ましてや「配信」で音楽を楽しめるなら「十分」と言う人もいます。現代の日本で「クラシック音楽家」は不要な存在なのでしょうか?文化として、クラシック音楽は無くなって良いものなのでしょうか?

 そもそも「文化」は人間の知性と教養があって初めて成立し持続されるものです。個人の「娯楽」は様々です。競馬やパチンコも娯楽です。登山や趣味のスポーツも娯楽です。それら全ては「経済活動」でもあります。
多くの娯楽は、楽しむ人「以外」の人が用意する環境があって初めて成り立ちます。登山でも、山小屋を営む人・救助する人・登山道を整備する人がいるから安全に楽しめます。
 クラシック音楽を「聴いて楽しむ」娯楽には「演奏する人」が不可欠でした。録音する技術がなかった時代が、まさに「全盛」だったとも言えます。録音された「演奏」が無料で楽しめる現代です。生で演奏する「人間」は、今更これ以上いらない?(笑)のでしょうか。

 人間が演奏する音楽を、他の人と一緒に聴いて楽しむ「文化」を維持することの「意義」を考えるのは、一人一人の「価値観」に頼るだけでは困難なことです。先述のように、人によって「娯楽」は違います。音楽に興味のない人にとって、演奏家がいなくなっても困りません。大きな視点で考えれば、すべての「社会活動」は「誰かに支えられている」活動です。物を創る人・物を売る人は「買う人」がいるから生活できます。競馬を国が「特例」として認めているから「賭博」でも許されます。競馬にお金を「書ける人」がいるから騎手も調教師も馬主も生活できます。

 クラシック音楽で生活できる人が、誰もいなくなれば、いずれ生演奏は消えてなくなります。需要と供給のバランスが悪いことも現実問題です。ご存知の通り「音楽家」と言う職業には、なにも資格がいりません。自分が「音楽家です」と言えば音楽家です(笑)
毎年、日本中の音楽大学から何百・何千と言う「クラシック音楽家」が誕生しているとも言えます。音大を卒業しなくても音楽家になれます。「実力」は客観的なものではありません。「音楽家が多すぎる」事は明らかなことです。

 クラシック音楽と言う「文化」は演奏する人と聴く人が、お互いに支えあって残せるものです。山や海と違い、演奏会場は自然にできたものではありません。ホールを建設し、維持管理する人とお金が必要です。それらの「経済活動」は聴く人の負担だけでは賄いきれないものです。自治体や国が文化のために税金を使う事を「もったいない」と思う気持ちも理解できます。「娯楽に使うお金よりお米を買うお金に使え!」と考える状況であることも現在の不況から考えれば、もっともな意見です。聴く人を「まず」増やすことが何よりも大切です。どうか!生演奏を聴くために使う「お金」を無駄と思わないでください。身近にクラシックのコンサートはきっとあるはずです。ぜひ、足を運んでみてください。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

音色の違いと演奏の印象

上の演奏は最近(2024/07/14)したタイスの瞑想曲。ビデオカメラに付属したマイクで簡易的に録音したものですが、新しい楽器にラーセン(デンマーク)社製のナイロン弦を張っています。下の映像は以前、私の使っていた楽器にピラストロ(ドイツ)社製のオリーブ(ガット弦)を張って演奏したものです。

ヴァイオリン演奏者は「自分の楽器」を選ぶことができます。「なにを当たり前のことを!」と思われがちですが、ピアニストは?会場に備えてあるピアノが複数あったとしても、選択肢はわずかです。自分の気に入ったピアノだけを演奏できるわけではありません。声楽家は自身の身体が「楽器」になります。選ぶことは出来ません。

 ヴァイオリンという楽器「だけ」では音は出ません。弦と弓が必要です。ピチカート奏法だけなら弓は使いませんが(笑)弦を選ぶのもヴァイオリン奏者の楽しみでもあり「悩みの種」でもあります。特に弦は多種多様…現在販売されている製品だけでも恐らく数10種類は選択肢があります。4本の弦、それぞれに違う種類の弦を使う事も可能です。さらに、弦は新品で張ったばかりの瞬間から、次第に「劣化」していきます。そのプロセスの中で「一番好きな音」が出る期間は、本当にごくわずかです。演奏会に合わせて弦を張り替えます。演奏会が続く場合には、そうも言っていられませんが(笑)

 YouTube動画を検索すると「ヴァイオリン弦」「比較」と言うキーワードで凄まじい数の動画がヒットします。中には同じ楽器で、同じ曲を同じ人が同じ撮影環境で「弦を張り替えながら」演奏しているものもあります。
 実際にヘッドホンで聴き比べすると「?少し違うかも?」程度の差はありますが、実際に生で聴こえる音とは違います。ましてや、演奏者がきいている音はまた別の音です。いくら言葉で印象や特徴を並べ立てても、現実に自分の楽器に張って自分で演奏しない限り、比較することは不可能です。

 会場が変われば音が変わります。湿度や温度が変わっても音は変わります。曲が変われば・ピアニストが変わればなど「全く同じ環境」での演奏を再現することは、現実的には不可能です。その時々での「印象」が全てです。弦は新品を張り替えてすぐに演奏会で演奏できるものではありません。会場で張り替えて試すことは出来ません。演奏する曲ごとに弦を張り替えることも無理です。
「妥協」とも言えます。むしろ、会場や環境、曲に合わせて「弾き方をコントロール」するのが技術です。極論すれば、楽器に「ケチ」を付けたり「弦が合わなかった」ことを愚痴る演奏者には、技術が不足していると言えます。すべては演奏者の「人間」としての大きさだとも思います。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

 

弦の張力と楽器の個性

今回はヴァイオリンの「弦」と楽器の関係を考えます。
世界中のメーカーがヴァイオリンの「弦」を作って販売しています。多くのプロ、アマチュア、さらにメーカーのプロモーションも含めYouTube動画がヒットします。
 それぞれ「この弦は…」「あの弦と比べて…」とうんちくを述べたり、実際に演奏して比較していたり。動画で聴く音量や音色は参考になりません。主観的な感想をいくら並べられても自分が弦を選ぶ参考になりません。
 そこで今回は、なぜ?弦を変えると音が変わるのか?と言う素朴な疑問に立ち戻ろうと思います。

 弦楽器の弦は「音源」です。ヴァイオリンは「擦弦楽器」つまり弓の毛で弦を擦って弦を振動させる楽器です。
 弦が振動するためには、弦の両端を「固い物」で固定することと、「引っ張る強さ=張力」が必要になります。小学校や中学校で習った「弦の音の高さを変える三つの原理」覚えていますか?
・弦の太さ
・弦の張りの強さ(張力)
・弦の長さ
この中で、弦の長さは、ヴァイオリンの場合には「駒から上駒(ナット)までの長さ」で、どのメーカーのどの弦も、統一されています。
 弦の太さは、細いほど高い音が出るのが原則です。同じ長さ、同じ張力の場合の話です。弦の張力を変えれば、この原則は崩れます。実際に、ヴァイオリンの3番線=D線の方が、4番線=G線より太いことは珍しくありません。見た目は太いのに高い音が出るように「強く張る」必要があるわけです。
 張力を強くすれば、高い音が出るのと同時に「大きな音」を出すことがより容易になります。一方で、弦の両端を支えるための力と、駒にかかる力が強くなります。弦を指で押さえる力も多く必要になります。簡単に言えば「楽器と演奏者の負荷が増える」ことになります。

 ここでヴァイオリンの弦を「構造」として考えてみます。まずE線=1番線は基本的に金属を細く伸ばし、表面に金属のコーティングをしたものです。他の3本は「芯」の周りに金属の糸を編むように巻き付けて作ります。芯の材料には「金属」「ガット=羊の腸」「ナイロン」が用いられます。金属はほとんど伸縮しません。ガットとナイロンは弾力=伸縮性があります。弾力の強さも様々です。伸びにくい素材を使えば張力が強くなります。
芯の周りに巻く金属の糸の「編み方」「巻き方」によって太さと張力を変えられます。張力を強くすれば弦は当然切れやすくなります。また太くなるため指で押さえることが難しくなります。

 次に楽器自体が弦の張力に対して「適当」かどうか?の問題です。ヴァイオリンはペグに巻き付けた側と、テールピースに止める側で張力に耐える力を支えます。その両端と中間にある「上駒」と「駒」の2か所の高さによって指板部分の張力が変わり、駒にかかる力も変わります。駒を高くすればするほど、聴力が強くなりますが同時に指板と弦の「隙間=弦高」が広くなり、押さえることが困難になります。逆に駒を下げれば押さえやすい反面で、張力が下がります。
 張力の調整はネックと本体の「取付角度」と「駒の高さ」で変わります。高い張力に耐えられる楽器でなければ、表板や魂柱、裏板、ネックにダメージが加わります。音もつぶれた音になります。楽器の「強度」はそれぞれに違います。板の厚さが基準より薄い楽器は簡単に鳴らせますが強い張力に耐えることができません。また、オールド楽器の場合、ガット弦を張ることを前提に作られているので、強い張力の弦で良い音がするとも限りません。楽器ごとの「強度」と響きやすい音域、足りない音域を把握して、適正な弦を選ぶことが重要になります。
 弦の種類やメーカを統一する方がバランスが良い場合と、逆に違う種類の弦を張った方が全体のバランスが良い場合があります。低音(G線の音域)が強く出る楽器は「太い」「柔らかい」音である反面、「こもった」「通りの悪い」音にもなりがちです。逆にE線の音域が鳴りやすい楽器の場合、「明るい」「澄んだ」「通りの良い」音に感じる反面「固い」「きつい」「薄っぺらい」音になりがちです。それらを補う演奏方法と、弦を選ぶことで演奏者が弦を気にすることなく、思った音量と音色で4本の弦を演奏できることに繋がります。
 弦の種類をバラバラにすると、弦ごとの張力が変わる場合もあります。それも演奏する人にとって負担になります。また、弦の寿命もメーカーや材質によって大きく違います。ガット弦は寿命が長く、テンションの強いナイロン弦の寿命は短くなります。演奏会前に逆算しながら弦を新しいものに張り替えるのが理想ですが、ばらばらに寿命が尽きるのは頭の痛いところです。いくらでも予算がある人なら別ですが(笑)

 寿命の尽きた弦は「伸びたラーメン」と似ています。腰がなく、余韻が少なくなります。張ったばかりの弦は「アルデンテ」に似ています。ちょうどよい「弾力=こし」がある状態で、楽器に一番適した弦を選ぶのは大変な時間とお金がかかります。それでも、弦を変えることで楽器の「個性」が変えられるのは弦楽器ならではの楽しさでもあります。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介