メリーミュージックブログ

演奏家夫婦が優しく丁寧に指導

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※原宿南教室〒252-0103
神奈川県相模原市緑区原宿南2-26-1

06月

15年間の足跡

Earth 村松崇継
愛の挨拶 エルガー
愛の悲しみ クライスラー
愛のよろこび クライスラー
愛の喜びは マルティーニ
愛を奏でて(海の上のピアニスト) モリコーネ
アヴェヴェルム モーツァルト
アヴェマリア ピアソラ
アヴェマリア シューベルト
アヴェマリア グノー/バッハ
アヴェマリア カッチーニ
赤とんぼ 山田耕筰
朝の歌 エルガー
明日 アンドレ・ギャニオン
アダージョとアレグロ シューマン
アダージョ・レリジオーソ ボーム
あなたがそばに居たならば バッハ
アニーローリー スコットランド民謡
亜麻色の髪の乙女 ドビュッシー
アリオーソ バッハ
アレグロ フィオッコ
家路 ドヴォルザーク
異国より(リーダークライス) シューマン
ノクターン遺作 ショパン/クライスラー
糸 中島みゆき
いのちの歌 村松崇継
祈り ラフマニノフ
ウィーン奇想曲 クライスラー
ヴィオラ協奏曲より第2楽章 カサドシュ/J.C.バッハ
ヴォカリーズ ラフマニノフ
歌の翼に メンデルスゾーン
美しい夕暮れ ドビュッシー
美しきロスマリン クライスラー
駅 竹内まりあ
エストレリータ ポンセ
F.A.E.ソナタ スケルツォ ブラームス
オールドリフレイン クライスラー
踊る人形 クライスラー/ポルディーニ
オフェルトワール(奉献歌) エルガー
オブリビオン ピアソラ
オリビアを聴きながら 尾崎亜美
オン マイ オウン(レ ミゼラブル) シェーンベルグ
カヴァティーナ ラフ
カヴァレリア・ルスティカーナ間奏曲 マスカーニ
カフェ ピアソラ
悲しみのクラウン スティーヴン・ソンドハイム
彼方の光 村松崇継
ガブリエルのオーボエ モリコーネ
神の御子は今宵しも 讃美歌
枯れ葉 コズマ
カンタービレ パガニーニ
カントポポラーレ エルガー
きよしこのよる 久木山直
クッペルヴィザーワルツ シューベルト/R.シュトラウス
グランタンゴ ピアソラ
クロリスに アーン
恍惚の時 アーン
荒城の月 滝廉太郎
ゴッドファーザー愛のテーマ ニノ・ロータ
この道 山田耕筰
ガヴォット ゴセック
子守唄 ショパン
子守歌 フォーレ
コレルリの主題による変奏曲 クライスラー
サラバンドとアレグレット クライスラー
G線上のアリア バッハ
シェルブールの雨傘 映画モリコーネ
シシリエンヌ フォーレ(ピアノチェロ版)
シチリアーノ パラディス
シュピーゲル イン シュピーゲル アルヴォ・ペルト
序奏とロンドカプリチオーソ サン・サーンス
シンコペーション クライスラー
シンドラーのリスト ウィリアムス
スイートメモリーズ 大村雅朗
スケルツォ(懐かしい土地の思い出) チャイコフスキー
スペイン舞曲 ファリャ/クライスラー
スラヴ舞曲第2集第2番 ドヴォルザーク/クライスラー
千の風になって 新井 満
即興曲D899-3 シューベルト
ソナタ K.304 モーツァルト
ソナタ第一番第一楽章 ブラームス
タイスの瞑想曲 マスネー
太陽がいっぱい 映画ロータ
ただ、憧れをする者だけが チャイコフスキー
チェロソナタ第2楽章 ショパン
ツィゴイネルワイゼン サラサーテ
チャルダッシュ モンティ
中国の太鼓 クライスラー
月の光 ドビュッシー
テンポ ディ メヌエット クライスラー
トロイメライ シューマン
ナイトクラブ ピアソラ
亡き王女のためのパヴァーヌ ラヴェル
メロディー(懐かしい土地の思い出) チャイコフスキー
瞑想曲(懐かしい土地の思い出) チャイコフスキー
虹の彼方に ハロルド・アーレン
ニューシネマパラダイス モリコーネ
ノクターン チャイコフスキー
ノクターン アザラシヴィリ
白鳥 サン・サーンス
パピヨン 映画ゴールドスミス/町田育弥
遥かな友に 磯部俶
はるの子守唄 渋谷牧人
ハンガリー舞曲5番 ブラームス
Believe 町田育弥編曲
フーガ クライスラー
ふるさと 岡野貞一
プレギエラ(祈り) クライスラー
プレリュード(無伴奏パルティータno.3) バッハ
プレリュードとアレグロ クライスラー
ポエム フィビヒ
星に願いを ハーライン/久木山
菩提樹 シューベルト
マズルカ エルガー
マドリガル シモネッティ
ノクターン(真夏の世の夢) メンデルゾーン
見上げてごらん夜の星を いずみたく
ミスターロンリー レターメン
ミスティ エロル・ガーナー
ミッドナイトベル ホイベルガー/クライスラー
ムーンリヴァー 映画マンシーニ
無窮動 ボーム
無言歌 クライスラー/チャイコフスキー
無言歌 メンデルスゾーン/クライスラー
6つのやさしい小品 エルガー
めぐり逢い ギャニオン
メディテーション グラズノフ
メヌエット ベートーヴェン
メロディー パデレフスキ
もみの木 久木山編曲
椰子の実 大中寅二
ユーモレスク ドヴォルザーク
夕焼け小焼け 岡野貞一
ユーレイズミーアップ ラブランド
夢のあとに フォーレ
夜の歌 エルガー
パガニーニの主題によるラプソディー ラフマニノフ
ラブミーテンダー プールトン
ラベンダーの咲く庭で ナイジェル・ヘス
ラルゴ ヘンデル
リベルタンゴ ピアソラ
瑠璃色の地球 平井夏美
ロマンス エルガー
ロマンス ブルッフ
ロマンスOp.94-2 シューマン
ロマンティックピース1 ドヴォルザーク
ロマンティックピース2 ドヴォルザーク
ロマンティックピース3 ドヴォルザーク
ロマンティックピース4 ドヴォルザーク
ロンディーノ クライスラー/ベートーヴェン
ロンドンデリーの歌 クライスラー
我が母の教え給いし歌 ドヴォルザーク
私を泣かせて下さい ヘンデル

 上のリストは、私と浩子さんが15年間に演奏してきた「音楽」たちです。
音楽の数え方にもいくつかの方法がありますが、楽章を単独で演奏する場合も現実にあるので、それぞれを一つの音楽としてカウントしてみました。
2022年6月1日現在、153曲
多くが「小品=こもの」ですが、それぞれの音楽に個性があるのです。
中には、リサイタルで演奏した曲もあれば、ボランティアコンサートで演奏した曲もあります。さらに、何度も演奏した曲や過去に一度だけ演奏した曲もあります。
すべてを「すぐに演奏できる」わけではありませんが、思い出があります。
音楽を分類することには大きな意味を感じない私たちです。
むしろ原曲が「歌」や「他の楽器のために作られた音楽」と、「ヴァイオリンやヴィオラとピアノのために作曲された曲」という大まかな分類の方が少しは興味がありますね。
言うまでもなく、二人だけで演奏してきた音楽のリストです。
これらの他に、ピアノトリオで演奏した曲たちもありますが…
「他の人を加えないの?」と言う素朴な疑問があると思いますが、現実的に私が楽譜を読みながら演奏できなくなった今、「合わせる」ことが、他の方のご迷惑になってまで一緒に演奏することに、正直「ためらい」があります。
全盲でオーケストラの中や室内楽を演奏されるヴァイオリニストを、心から尊敬します。私が出来ない…と決めているわけではありませんが、二人だけで演奏することの楽しさだけでも、十分に満足していると言うのが本音です。
 まだまだ、新しい音楽に巡り合って私たちの「友達」になるのが楽しみです。
単純計算して「1年間に10曲」増えてきたことになりますが、それにこだわるつもりもありません(笑)
曲数にこだわりもありません。いつの間にか増えただけです。
さぁ!また暗譜だ!頑張ろう!
最期までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

調性感と和声進行

 映像は、ショパンのノクターン第20番をヴァイオリンとピアノで演奏するようにアレンジされたものです。オリジナルであるピアノによる演奏との「好き嫌い」は当然ありますね。この曲に限らず、ピアノ曲を弦楽器や管楽器・声楽が旋律を演奏し、ピアノと演奏する場合に、「ピアニストにとってストレスだろうなぁ…「と思うことが良くあります。まぁ、それはさておいて(笑)今回のテーマは、音楽を聴いて感じる「調性=長調・短調」と「和声進行=コード進行」についてです。

 音楽理論と呼ばれる「音楽の分析方法」があります。
言葉は固いですが、私たちが日常聴いている音楽は「いつか・誰かが・どこかで」作曲した曲を演奏した音楽です。当たり前ですよね?道路に音楽が落ちているわけではありません。空から降ってくるものでもありません。その「誰か」がどうやって音楽を作ったのかな?と考えることから「音楽理論」を考えてみます。

 私たちが音楽を「作曲」しようとしたら、どんな技術や能力が必要でしょうか?
前提として、日本の義務教育で学んだ「音楽知識」のレベルで考えてみます。
まず、楽譜を書く能力・技術は必須でしょうか?答えは「いいえ」です。
現に楽譜を書くことのできない作曲家もいます。まさか!と思われるかもしれませんが、歌が歌える・何か楽器を演奏することができれば、音楽は作れませう。その「音」を楽譜に出来る人が楽譜にすることもできますが、楽譜を書くことは作曲ではありません。曲=音楽を作るのが作曲家です。ですから、五線紙におたまじゃくしを書けなくても、ドレミを知らなくても作曲はできます。これで、私もあなたも「作曲家!」

 そうは言っても、ただ適当に=無茶苦茶に鼻歌で作曲した音楽が「感動する」音楽になるかと言えば、これまた答えは「いいえ」です。なぜでしょうか?
ここからが「理論」の出番です。
不思議なことに、私たちは一つの和音や短い旋律を聴いただけで、明るく感じたり悲しく感じたりします。この原因については、いつか別の機会に考えたいと思います。原因は不明でも、実験するとほとんどの人が小名以上に「明るい」「悲しい」と言う共通した感想を持つのが、和音であれば「長三和音・短三和音」で、調整で言えば「長音階=長調・短音階=短調」という違いです。
 長三和音と短三和音の「差」は和音で鳴っている3つの音の中の「1つ」だけが「半音」違うだけなのです。たった半音ひとつ分違うだけで、なぜか?聴いている人が明るく感じたり、悲しく感じたりするのが「和音の不思議」です。
 調性で言えば、長音階を使って音楽を作れば「長調、短音階なら「短調」になるのですが、この違いも「音階の第3音=音階の主音(基準になる音)から3番目の音」が「半音」違うだけなのです。厳密に言えば、音階の第6音も「半音」違う場合が多いのですが、どちらもたった半音の差です。
 ちなみに半音は、ピアノで言えば「一番小さな音の違い=一番近い鍵盤との高さの差」のことです。ヴァイオリンや歌の場合、それより細かい「差」で、音を出すことが出来る=出てしまうのですが、ピアノやオルガンの場合は、鍵盤にないお音の高さを演奏することは不可能です。
 その高さの違いを聞きわけられなくても、「明るい」「悲しい」を感じているように思いますが、実はその違いを感じている人は、半音の違いを「聞き分けている」事に間違いないのです。でなければ、音楽の調性も和音の種類も意味をなさなくなります。聴音の技術がなくても、理論を知らなくても「聞き分ける能力」を、ほとんどの人が持っているのです。

 曲を演奏する時に、調性や和声の事を考えずに演奏することもできます。
楽譜を「音」にするだけなら、なんの感情も必要ありません。パソコンでも楽譜を音にすることができるのです。その「音=音楽」を聴いて、明るく感じたり悲しく感じたりするのが「人間」です。機械には「音」としてしか認識されていません。
 聴く人が感じる「感覚」は音楽を作る人の「意図的な感情操作=理論に基づいた作曲」によるものです。むしろそれが出来るのが「作曲家」たる所以です。
短三和音だけをずっと演奏していても、短調には聞こえますが不自然です。
また、長音階で作られた曲の中にもところどころに「短三和音」で伴奏することが普通にあります。
 演奏している人が、今演奏している部分を「長調なのか短調なのか」「なに三和音なのか」という事を考えることで、演奏の仕方が変わります。
変わって当然です。むしろ「考えないで=感じないで演奏する」のであれば、機械に演奏させた方がよほど!じょうずに演奏してくれるのです。
 ショパンの動画を聴いて、曲の最後が「長三和音」で終わっていることに気付かなければ、それまでと同じ「演奏の仕方」でひいていしまうことになります。
理論を学ぶことで、実際に演奏しなくても音楽を「分析」することができます。
音を聴かなくても、和音の種類を判別できます。その理論と感覚=感情を組み合わせて、演奏技術を考えることが「人間の演奏する音楽」だと思っています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介