《ガマの油》亜麻色の髪の乙女

 動画はドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」
今年2026年1月の代々木上原ムジカーザでの演奏です。
原曲はピアノ独奏曲。様々なアレンジで管楽器、弦楽器でも演奏される曲の一つです。
旋律と和声の「得も言われぬ」淡さが大好きです。

 実はこの演奏以前にもリサイタルで演奏したことがあり、その際の反省と経験をもとに二人で模索しながら「リアレンジ」しました。
原曲であるピアノソロの楽譜通りに浩子さんに好きなように弾いてもらって、その旋律をヴァイオリンで演奏することが自然に聴こえるイメージを作りました。
ピアノの音は発音した瞬間から徐々に音が弱くなる=減衰する特徴があります。
長い音のあとに演奏する音は、前の音より大きな音で発音することになります。
ヴァイオリンの音は、弓のコントロールによって「減衰」と「増大」を変えることができます
ので
根本的に発音の仕組みがピアノと違います。
加えてヴィブラートで聴感的に減衰と増大を感じさせることもできます。
同じ高さの音でも、弦の種類を変えることによる音色の変化、左手のポジション=弦の長さを変えることによる音色の変化も加えて「新しい音色による亜麻色の髪の乙女」の旋律を作ります。

 この演奏で前回の演奏と大きく違うのはミュートを付けたり、外したりすることによるヴァイオリンの音色の変化を加えたこと。さらにドビュッシーの書いていないヴァイオリンのハーモニクス=フラジオレットによるテーマ旋律を削除してピアノによる副旋律だけを残した部分を作ったこと。その他は細かい重音の変更です。
 アレンジは「どこまでが許されるのか?」という命題を常に持っています。
オリジナルの楽譜が基準であることは当然です。演奏する楽器が変わるだけでも音楽の印象が大きく変わります。単純にピアノの楽譜から旋律だけを削除すれば良いというものではありません。アレンジはオリジナルの良さをさらに発展させるものでなければ手を入れるべきではありません。カレーのルーと「うどん」を組み合わせるアレンジも「好み」がはっきり分かれます。それぞれが美味しい食べ物を組み合わせた時に、新しい良さが生まれなければ意味がありません。

 楽譜に書いてある通りに演奏することも大切です。同時に「楽譜に書いていない」ことを自分で考える力も必要です。楽譜で指定されれば考えなくても済むことがあります。例えば指使い・ボウイングなど。しかし「音色」「弓の場所」などが指定されている楽譜は教則本でもほとんでありません。演奏者が自分で考えることです。すべての楽譜で共通しているのは、演奏者の演奏技術と感性で楽譜を音楽にする能力が不可欠だと言う点です。
 テンポやダイナミクスも演奏差のこだわりで決めることです。どこまで?こだわれるのか?
 それが演奏者の能力だと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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