《ガマの油》シューベルト「セレナーデ」

ガマの油(自己分析)
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 さて今回の《ガマの油》は歌曲として余りにも有名な「シューベルトのセレナーデ」
私の記憶の中に男性テノール歌手が歌うレコードを幼い頃に聴いた思い出があります。
恐らく父が好きだったフィッシャー=ディスカウのレコードだったような気がします。
子供なので当然ドイツ語の意味も分からず「ステレオ」から流れる歌を和室で聴いていた映像が浮かびます。
 歌曲をヴァイオリン、ヴィオラで演奏する楽しさと難しさがあります。
以前にも書きましたがヴァイオリンやヴィオラで演奏することを前提に作曲された音楽は、当然のことながら楽器で演奏したときに音楽としての完成度が高くなります。
 一方「歌詞」を歌う音楽から言葉=歌詞を弾いてしまった旋律を演奏する場合は?
「言葉に合わせたリズム」つまり音符の数と発音する文字の数でリズムと旋律が出来上がっているのが「歌曲」です。

さらに言えば歌詞には「名刺」「助詞」などの分類があり、意味もあります。
歌の場合「言語」が英語なのか?日本語なのか?によって旋律のリズムが変わります。

 上の動画、ある映画の中で歌われる「英語」による歌と「日本語」による歌の比較です。
如何でしょうか?好みが分かれますが、もしオリジナルが英語の歌詞によるリズムだとしたら、日本語の歌のリズムは明らかに「別物」になります。
 セレナーデに限らず「歌詞のない歌曲」を演奏する場合に、どこまで?言葉のリズムを残すべきなのか?とても頭を痛めます。歌っている言葉の意味と音楽の「高揚感」や「不安感」は必ずしも一致しません。喜びを歌う歌詞でも和声や旋律が「長調・長三和音」とは限りません。逆も言えます。楽器で演奏する以上「言葉」より「旋律」を優先します。
そして「声」のように「楽器」を奏でます。ここが一番難しい!
 声は人によってまったく違います。上の動画の二人の歌手の声も違いますよね。
楽器で声を真似する必要はありません。楽器の音が「歌に聴こえる」よう演奏します。
 歌を歌っても「音痴」になる場合もあります。声楽科でも「ピッチ」の精度は人によって差があります。ピアノやオルガンはピッチが決まっていますが、ビブラートはできません。
人間の歌が最も原始的な音楽の姿だと思います。楽器による演奏は「歌」と違い「意味」よりも演奏者の「感情」を表現するものだと思います。
 悲しみを歌う声、喜びを高らかに歌う声、不安な気持ちを表す声…
楽器でそれらを表現したいと思っています。
 最後までお読みいたヴぁだき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリストの野村 野村謙介

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