
「強くなくても 目立たなくても すごくなくても 優しい音が好きだから」
この言葉を考えたのは私たち二人の演奏をCDに収録し「Tenderness」というアルバムのタイトルを決めた頃です。
文を私たちの生徒さんの中で書家をされている方がおられたので筆で書いて頂きました。
この言葉にある「優しい音」は「優しい人」も暗示的に示したつもりです。私たち夫婦が共感しあえる「優しさ」と言う言葉は「強い」「厳しい」と言う言葉の対義語に思われますが、優しさは強さでもあると考えています。ただ表面的に目立つ強さや他人から「すごい」と評価されることのない、一見「平凡」「自然」に感じる人の優しさの中に、その人の「信念」「気骨」「生きざま」を感じることがあります。例えて言うなら「家族への優しさ」です。
夫婦、親子、兄弟姉妹と言った関係の中で当たり前のようにお互いを気づかい、いたわる気持ちがあります。「家族なら当然」と思いがちですが悲しいことに「家族なのに…」と言うことも現実には起こります。私たち自身もお互いの人生で経験したことでもあります。
また二人で訪れて演奏の機会を頂いた「医療少年院」で何人もの職員の方々から辛い現実のお話をお聞きし、厳格な規律の中で更生のために生活している子供たちを目の当たりにし「家族の崩壊」を肌で感じた経験からも「優しさ」の欠如が人間を不幸の連鎖に陥れることも学びました。
以前のブログで演奏者の内面が音楽に現れるテーマについて考えをまとめました。どんな人でも「生きてきた時間」があります。
それが7歳の子供と20際の若者、65歳の「シニア」で同じはずがありません。時間の長さだけの問題ではありませんが「無駄に生きる」人間は地球上にいないはずです。誰もが「誰か」の子供です。生きる間に誰かに愛され誰かを愛します。楽しい経験も辛い経験もすべてが「感情」として記憶されます。どんな経験にも必ず「原因」と「結果」があります。忘れてしまった経験にも同じことが言えます。忘れたくても忘れられない嫌な記憶、辛い記憶にも価値があります。辛くて生きていけないと感じても「生きていれば」必ずその経験よりも楽しい経験をすることが出来ます。「最悪」と思う経験があればその他の辛い経験は「それよりもマシ」に感じます。
たくさんの経験を経て辿り着くのは「優しさ」だと信じています。
人に対して・生き物に対して・物に対して・音楽に対して
優しく接することは最も難しい事だと思います。表面・うわべだけの「優しさ」は人を傷つけます。障がいのある人を見て「かわいそうね」と子供に教えるのは優しさではなく差別の助長です。むしろ優しさは言葉ではなく行動に現れるものです。音楽に現れるものです。
間違った事をしている人、人を傷つけている人に対して毅然と「間違っているからやめて」と言うことも優しさだと考えています。
立場の弱い人は自分の苦しい・辛い現状を言葉に出来ず、さらに苦しむことが殆どです。逆に「目立つ人・強いと思っている人・すごいと言われる人」の多くは発言力があり声も発信力も持っています。不幸なことにそれらの人が立場の弱い人をさらに追い詰めてしまいます。
その事を知った時に黙っている事は優しさではないはずです。自分も弱い立場の一人だと自覚があれば、言葉で共に戦う事も優しさです。
最後になりますが私も浩子さんも「不幸自慢」をする人が苦手です。敢えて「苦手」と書きましたが本音は…(笑)お察しください。
もちろん極端に幸せ自慢されても「ムカッ!」としますが幸せを感じている人がうらやましいと思っているだけかもしれません。
誰でも自分の思っていなかった病気やケガ、環境に直面する可能性があります。どんなに健康に気を使って生活していても突然、大病になってしまうこともあり得ます。逆のケースもあります。人間にはどうしようもない出来事が起こるのが人生です。ラッキー!なことも「最悪」なことも生きていれば出会うものだと覚悟するべきです。
自分の考える「不幸」を家族以外の人に伝えて「気が楽になった」と感じる人もいるのでしょうけれど、聴かされる方は「勘弁してくれ!」と思っているかも知れません。聞いてあげるのも優しさ?でしょうが、何も解決しないことが分かっているとただの「無駄な時間」に感じます。
私たちが「特別」だとか「選ばれし者」(笑)とか「優秀」などの自己評価をしたことが一度もありません。お互いを褒めること「すごーい」とか「頑張ったねー」とたたえることはありますが、自分の演奏が「素晴らしい」と思ったことはありませんし、今後思えるとも思えません(笑)
絶望しているわけでも「自虐ネタ」でもありません。真実です。
その私たちの「生きざま」が音楽になって、誰かが楽しんでもらえるなら!つたない指導でも技術や音楽をレッスンで伝えられたら!そんな一念で演奏とレッスンをしています。
もっと優しい音楽を求めて人生を楽しみたいと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
コメントを残す