斎藤秀雄指揮法ってなに?

斎藤指揮法

 映像は今年2月に行ったNPO法人メリーオーケストラ定期演奏会の一コマです。
チャイコフスキー作曲「くるみ割り人形」から「花のワルツ」
今回の中心は「指揮法ってなに?」と言う壮大なテーマです。

 最初に書いておくと私自身は「自称」ヴァイオリニスト・ヴィオリストです。「職業欄」になんと書くか?選択式だと該当する職業が見当たらない?(笑)NPO法人メリーオーケストラの理事長なんて言う肩書きを「職業」とも言えず。実際、役員報酬なんて設立して25年間、1円も受け取っていないし。なので「団体役員」とも書けないわけです。メリーミュージッは2004年に立ち上げた有限会社で私は「取締役社長」と言う恐ろしい肩書きですが「会社経営」と言うのも心苦しいと言うか似合わないというか。自営業…でもないし。まぁ、何でもよいのです。
 話を戻します。音楽に関わる人生ですが、音楽以外の事にも関わって生きているのは当然です。世界中「音楽家」は有名無名に関係なく「一人の人」として暮らしています。
 演奏にしても指揮にしても共通している事。
それは「音楽を深堀する=学ぶ」事です。聴いて楽しむのなら何も学ぶ必要はありません。「知識を得ること」と「学ぶこと」は次元が違います。好きな事の情報や知識を得ることは「学び」ではなく「楽しみ」です。もちろん学ぶことも考え方を変えれば「楽しむため」と言えますが目的が違います。さらに言えば「学習」と言う言葉の概念は「学問」とは違います。生きるために学習するのは生物すべてが本能として持っている能力です。私たち人間が生まれてから「最後の息」をするまで学習し続けます。

 指揮法は「腕の動かし方」を学ぶものではなく「音楽を科学し表現する」ための手掛かりとなるものだと私は考えています。
 クラシック音楽は作曲家が思考と試行を重ねて創り出した「作品=楽譜」から始まります。演奏する人は楽譜を「音」を使って「音楽」にします。つまり文字を読んで、意味を理解し、声に出して人に伝えることと同じです。
 文字=記号の羅列から意味を見出し、文字を書いた人の気持ちを創造したり自分の経験・記憶とすり合わせながら「表現する=人に伝える」方法を考えます。
 難しそうに感じますが私たちの日常会話も、この「言葉の表現」で成り立っています。言葉の選択で相手を不快な気持ちにさせたり、喜ばせることが出来るように、音楽でも音符の高さが半音違うだけで、明るく感じたり悲しく聴こえたりします。

 指揮法を学ばなくても指揮ができます。もっと言えば、指揮がなくても音楽は演奏できます。
例え100人の大合奏・大合唱でも指揮者なしで演奏することは可能ですし、珍しい事ではありません。

 指揮の「存在意義」を考える時によく用いられる例えとして「演奏者の交通整理」と言う表現があります。演奏者が5人で同時に演奏すれば「5通りの解釈=演奏方法」がぶつかります。5人ならお互いに「話し合い」ながら同じ方向性にまとめることができます。演奏者が20人に増えたら「話し合い」はかなり紛糾しそうですね。最後は民主的に(笑)多数決で決めることにするでしょうか。非常に非効率な上に結果的に「妥協の産物」になるかも知れません。
 そこで「指揮者」と言う立場の一人の人が、大人数の演奏を客観的な立場で聴いて、指揮者の「好み」のバランスにするための指示を出します。また指揮者の「好み」のテンポ、「好み」の音色を演奏者に「要求」するのが指揮者です。
 くどく「好み」と示したのは嫌味や皮肉ではありません。音楽の解釈に「絶対」も「正解」も存在しない以上、バランスにしてもテンポにしても一つを選択することは「誰かの好み」に全員が合わせることを意味します。

 指揮者はオーケストラ・合唱の演奏で「ただ一人」音を出さない演奏者です。
「音を出さないなら演奏者じゃない」と考える人もいますが、演奏者全員が指揮者の考える「音楽」で演奏しているので指揮者も演奏者の一人だと言えます。むしろ、100人の演奏者が一つの音楽を演奏する上で最も重要な役割を持っていると言えます。
 斎藤秀雄「先生」←母校の創設者に敬意を表して…は、指揮者がスコア=楽譜を分析し解釈した上で、自分以外の演奏者に「伝達する方法」を考えた末に、運動に名前を付けて指揮者からの「サイン」を演奏者目線で分かりやすく、間違えにくい「指揮の方法」を体系化した偉大な演奏者だと思います。何よりも斎藤秀雄氏はオーケストラの中で一人のチェリストとして指揮者を見ていた人物です。演奏しやすい指揮と分かりにくい指揮を実際にプロの演奏者として体験した人の指揮法は「演奏者の為の指揮法」だと思います。

 指揮者がどんなに中心的な存在であっても演奏中に声を出して演奏者に指示を出すことはできません。どんなに時間をかけて練習したプロのオーケストラでも演奏するのは人間です。本番で緊張もします。オーケストラの場合、演奏する席の位置や楽器によっては周囲の楽器の音を聴きとれない場合もあります。全員が指揮者とコンサートマスターを楽譜を見ながらでも見える位置で演奏します。指揮者の指揮は単に音の出だしを示すことに終わらず、次の音のイメージや音量を「道案内」のようにガイドする役目もあります。

指揮法のテクニックだけをマスターできたとしても、指揮者が演奏する音楽を深く理解し確信をもって自分の意志を伝える能力がなければ、演奏者からの信頼を得ることは不可能です。特に指揮者には「カリスマ性」を求める傾向があります。しかし人間的な「支配欲」が感じられると反感を抱かせる結果になります。演奏者に振り回され気弱になる指揮者も困りものです。演奏者との信頼関係を築くうえでも「明瞭なバトン(指揮棒)テクニック」はあるに越したことはありません。練習で言葉を重ねるだけでは指揮者の音楽性は表現しきれないものです。指揮者の「動き」「表情」そのものが音楽を表現する場合もあります。
まずは指揮のテクニックを学ぶことが大切です。
 私の書いた「齊藤指揮法紹介ブログ」にも目を通していただき、さらに詳細な技術と知識に関心を持っていただけたならご連絡ください。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト・指揮者 野村謙介

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