メリーミュージックブログ

演奏家夫婦が優しく丁寧に指導

TEL.042-782-1922

※原宿南教室〒252-0103
神奈川県相模原市緑区原宿南2-26-1

演奏に表れる内面=人間性

演奏に表れる内面=人間性

このエントリーをはてなブックマークに追加

 映像はNHKの番組。私の目の病気「網膜色素変性症」患者が薄暗い場所で「光しか見えない」症状=夜盲症で不便な生活をしている人の「QOL=人生の質」を向上させるメガネ型のウェラブルを紹介してくれています。

 今回のテーマは演奏する「人」についての考察です。
プロの演奏家に限った話ではなりません。子供が無邪気に歌う歌にもカラオケを楽しむ高齢者の歌にも「演奏者の性格」が自然に現れるものです。それを日常の会話に置き換えてみると理解しやすいかもしれません。
 幼児は話す相手によって言葉使いを変える語彙を持っていませんが、見ず知らずの人に接する時に態度・行動に変化があります。
 成長すると少しずつ相手によって言葉遣いを変え「社会性」を身に付けていきます。同じ年齢の子供でも言葉遣いや行動、特に他者との関わり方には大きな違いがあります。家庭内での環境も関わりますが、兄弟姉妹でも違いがあることを考えると「性格」による差が大きいと考えられます。性格は個人の価値観と思考パターンの違いとも言えます。
感じ方が人によって違うのと同様に、自分の感情を表現する場合にも個人差があります。
 感じたことを言語や態度に表すことを抑制・我慢するタイプの人と、表情や言葉に出てしまう・出せるタイプの人がいます。前者は「内向的」後者は「外交的」と一般には呼ばれます。
 しかし言葉や態度には出せなくても本人の中では感情の起伏がある場合「感じていない」と周囲が間違った見方をする場合があります。
内向的な人を「鈍い」「感情がない」と思い込むのは大きな間違いです。逆に一見して大げさに感情を表に出す人を「表現力が豊か」「感受性が高い」と言うのも間違っています。

 昔から「人を見た目で判断してはいけない」と言われます。共感します。外見や話し方だけで「人間性=性格」を知ることはできません。同じ家で過ごす家族の事でさえ「性格」がよくわからないというケースは珍しくない話です。一見しただけで理解できるはずがありません。
「人に自分の正体・本心を隠す」場合もあります。単純な「嘘」とは違って相手や自分を見ている人に「違う人格」を感じさせるケースです。俳優と言う職業は見ている人に「本当に」感じさせるのが技術です。悪役なら見ていて「ムカつく!嫌な奴!」と思わせるのが演技力です。

 演奏する人「演奏者」が自分の演奏する音楽に対して何も感情を持たず演奏することがあるでしょうか?
少なくとも「きれいな曲だなぁ」「悲しい音楽」「難しい…」などは感じるはずです。

さらに「ここが好き」「この部分はよくわからない」など音楽の細部にも感じることがあるはずです。練習する間に「ここはもう少し大きく弾きたいな」「この音が綺麗に弾けなくて悔しい!」などの感情も起こるのではないでしょうか?
 私はこれが「楽譜との対話」だと思っています。多くの場合、作曲された音楽は楽譜として残され、演奏者に伝えられます。作曲家の頭の中で生まれた音楽を作曲者自身が演奏し「音」にした場合、その場で音楽は消滅してしまうからです。録音や記憶によって記録されたものを「第三者が」楽譜にしたものは作曲者の「思った通り」とは限りませんが。
その楽譜を音にする過程で沸き起こった感情が対話だと感じる理由です。
 その対話を経て「音楽」が演奏されます。演奏者の性格は既にここまでに演奏に含まれています。本人の意識とは無関係に「対話」の段階で性格が演奏に入り込みます。
例えば「難しい」と感じた部分は無意識に「避けたい・速く通過したい」と言う気持ちが生まれます。自然に音が小さくなったり、テンポが速くなったりします。
「ここが好き!」と言う部分は何度も弾いているのでその他の部分より余裕をもって演奏できるはずです。
これらも「感情の表れ」だと言えます。レッスンで「もっと感情を込めて!」と指導者が生徒にアドヴァイスしますが、私には違和感があります。そもそも感情は意図的に作れるものではなく、自然発生的に生まれるものだからです。さらに感情の起伏は人によって全く違うものです。指導者の感情と生徒の感情が同じである確率は極めてゼロに近いものです。
 無理に感情を沸き起こすことは無駄なことです。美味しいと感じない食べ物を無理やり「美味しい」と思えますか?それと同じです。
嫌いだと思っていた「納豆」がある時から大好物に変わった…私はその一人です(笑)そんなこともあります。
若い頃に大好きだった曲を今聞いても「なんで好きだったんだ?」と不思議になることもあります。
感情=好き嫌いは変わるものです。
練習しながら変わることもあります。その「感情」が無意識に演奏に現れるものです。
 演奏しようと練習して音楽を嫌いになっては意味がありません。
楽譜を「人間」に置き換えて考えれば、相手の性格や好きな一面と自分には理解できない一面も見えてきます。楽譜も同じです。何度も演奏するうちに新しい感情が生まれることもあります。

 長くなりましたが演奏者の性格は「出そうとしなくても現れる」事はご理解いただけたかと思います。「演奏を聴くと人柄を感じる」と言われます。それは「音楽性」や「演奏技術」すべてに演奏者の性格・価値観・人間性がにじみ出るからだと思います。演奏する音楽が悲しい曲でも楽しい曲でも演奏する人の性格は変わりません。
役者が役になり切れるのは「台本」を理解しているからです。演奏者が「楽譜」を理解せずに演奏するのは台詞を棒読みするのと同じことです。ぜひ!時間をかけて音楽と対話してください。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオラリスト 野村謙介

 

«

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です