自分の演奏をじっくり見るのは恐ろしい(笑)ものです。
他の誰の演奏より「ダメダメ」に感じます。それでも見返し・聞き返すことで次の演奏に活かせる「課題」が見えてきます。私の動画を見てくださる方の多くは、演奏を楽しんでいらっしゃる方々。映像では伝えられない「演奏者の心情」と演奏の裏話…「こうならないために」と言う(汗)ポイントを書いてみます
。《ガマの油》第1弾です。シリーズ化なるか?
まずこの動画は「デュオリサイタル12」代々木上原ムジカーザでの演奏ですので今から6年前(2020年)1月の演奏になります。
ドイツ語ののタイタオル「Bist du bei mir」バッハの作曲したこの曲を初めて私が「指揮をした」ことが出会いでした。2011年にメリーオーケストラの演奏会で弦楽アンサンブルによる演奏でした。
アマチュアオーケストラの演奏でも、バッハの音楽の素晴らしさは十分に感じられるものです。ちなみにオーケストラの中でキーボードを演奏しているのは?浩子さんです(笑)
さらに私はヴィオラをメンバーに紛れて演奏しています。指揮は私の元教え子の酒井威(さかいたけし)君です。
どんな曲にも「旋律=メロディー」と「和声=ハーモニー」があります。その組み合わせによって音楽の個性が決まります。
演奏の個性は演奏者によって大きく違い、聴く人にとって自分の好みにあった「曲」と「演奏」が生まれます。
演奏する前に出来るだけ多くの人の演奏を聴きます。
私の好きな演奏を探しながら自分の演奏のイメージを少しずつ組み立てていきます。
ピアノとの「デュオ=二重奏」で演奏する私たちにとって、楽器の種類は2種類に限定されます。オーケストラのように色々は音色の楽器を組み合わせることはできません。
和声の「配置=転回」と旋律の「配分=どちらが担当するか」は楽譜のアレンジによって変わります。同じ楽曲でもいくつもの異なったアレンジがあり、ちょっとした違いから大きな違いまで様々です。楽譜によって私たちがどうしても納得のいかないアレンジの場合、二人で考えて「オリジナルアレンジ」の楽譜を作ります。
作曲家ではないので新しい旋律や大胆な和声の変更は難しいのですが、ピアノの和音を変えずにバスの音だけ変えることもあります。
メロディーは基本的に楽譜に従いますが、バッハやモーツァルトの場合、装飾音の使い方はすべての楽譜で違います。どれが正しいというよりも「どれが好き?」かの問題です。自分で考えて装飾音を足したり消したりもします。
私たちの演奏動画で同じ曲を異なった「調性=キー」で演奏している動画がいくつもあります。楽器=ヴァイオリン・ヴィオラによって変えることもありますが「聴いた印象」で調性を変えるケースが殆どです。これも「どれが良い」と言えません。
特に声楽曲の場合には作曲者のオリジナル=原調のままでは声域の違いで歌えない場合がほとんどです。一方で器楽曲の場合はオリジナルの調性で演奏することが原則ですが、例外も数多くあります。
チェロのために作曲された曲をバイオリンやフルートで演奏する場合、楽器の演奏できる音域の制約があり、オクターブ上げたり下げたりしながら演奏する事が不自然になることが少なくなく、調性を変えることで楽器に合った音域で演奏できます。
私たちの演奏動画=このブログ冒頭の動画に話を絞ります。
ヴィオラでもヴァイオリンでも演奏できる旋律です。しかしこの「変ホ長調=Es-dur」で演奏しようとすると、この動画の演奏よりも1オクターブ高い音域で演奏しないと最低音が演奏できなくなります。
もちろん高くすればヴァイオリンでも同じ旋律を演奏できますが私たちの「イメージ」としてこの音域で演奏したかったのです。
ちなみにこの演奏よりも「短3度低い=半音3個分低い「ハ長調=C-dur」で演奏したヴィオラの演奏もあります。
いかがでしょうか?同じ「あなたが…」の曲ですが好みの分かれる演奏かも知れません。私たち自身も「どちらが良い」とは言い難く、演奏面で言えばどちらにも「不満」な面があるのも事実です。
C-durで演奏するとヴィオラの最低音「C線の開放=C」を演奏することになります。ヴァイオリンでもヴィオラでも「最低音」だけは他の音と違い左手の指で弦を押さえてビブラートをかけて演奏することができません。
この「最低音」を作曲が意識的に使った曲もあります。
メンデルスゾーン作曲のヴァイオリン協奏曲第1楽章の中で、独奏ヴァイオリンが延々とG線の開放=最低音のGを伸ばす部分があります。
映像はマキシム・ヴェンゲーロフが演奏するメンデルスゾーンヴァイオリンコンチェルトの一部分です。これぞ「ヴァイオリンの最低音」(笑)
メンデルスゾーンも大胆ですよね。
さて、再び「あなたが…」に話を戻します。
旋律をヴィオラやヴァイオリンで演奏する時、ピアノが同じ旋律を部分的に演奏する「アレンジ」は声楽曲に多く見られる特徴です。私たちはその「ピアノの旋律」をカットすることも珍しくありません。恐らく歌手が歌いやすいようにピアノにも旋律が書かれいているのだと想像します。歌の場合には「歌詞=言葉」がありますから聴いていてピアノが同じメロディーを演奏していてもあまり気にならないものですが、言葉のない「弦楽器」だと明らかにピアノとダブって聴こえます。
弦楽器で「レガート」に演奏する事は一般に「スラー」とも呼ばれます。弓の動きを止めずに音を連続して演奏する技法ですが、管楽器と違い弓の毛の長さと言う物理的な制約がある上に、弓の速度を遅くする=ひと弓でたくさんの音を演奏すると音量を小さくしないと「つぶれた音」になってしまいます。そのため旋律の「フレーズ」と「弓の返し」は必ずしも一致しないことになります。
自分で楽譜を「音楽」にする楽しみがあります。
音の強弱、弓の場所、弦の選択、歌い方までを先生の「指示通り」に演奏する技術にも人によって差があります。幼い子供が先生の指示通りにコンチェルト全楽章を演奏出来るのは「すごいこと」だと思います。
いずれその子供が自分で考えて音楽を作り上げられるようになるのでしょう。
しかし大人だからと言って楽譜を自分なりに音楽として個性のある表現が出来るとは限りません。一つは感受性。何よりも「楽譜を読み解く」努力こそが重要です。一音ごとの音色はフレーズの切れ目を見つけ、和声の進行を考え、全体の構成を考えて決めるものです。演劇の台本を読み解くことに似ています。
何も考えずに楽譜を音にしていけば「曲」に聴こえますが、台本を無感情に棒読みする「大根役者」と同じです。表現の手法は無限にあります。「名俳優」と呼ばれる人たちの中で「背中で演技が出来る」人もいます。
音楽に正解はありません。だからこそ演奏者が考えることが必要です。
自分の出している音が「音楽」になっているか?ただの音の羅列なのか?
どんな楽譜にも違った「味」を感じます。感じる力は日常生活の中で自然に培われるものです。「バッハだから」「メンデルスゾーンだから」「クラシックだから」という先入観を捨てることも大事なことだと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介


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