生の演奏を聴く文化を地方都市に広げたい

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 映像は昨年9月に新潟県の佐渡ヶ島「赤泊」でのコンサート風景の一コマです。この時に会場に足を運んでくださった地元の方々と楽しい時間を共有させてもらいました。赤泊地域には約200世帯の方が生活されているそうです。日本で最大の「離島」佐渡ヶ島は金山で有名ですが島の南部地域にはなかなか観光の目が向かないこともあって、町の活気があまり感じられない一面もありますが、豊かな自然と美しい棚田の広がる風景はぜひ!実際に感じて欲しいと思います。
 さて今回のテーマは「地域」「文化」に関する内容です。
全国の津々浦々、人の暮らす場所には独特の文化があります。古くから…中には奈良・平安の時代から受け継がれる文化もあれば、時代と共に地域の文化が変化している場合もあります。
 そんな中で「生の演奏を聴く」という文化は自然に生まれるものではありません。

当たり前のことですが「演奏する人と聴く人」が演奏会の価値を理解しあえなければ「文化」にはなりません。生の演奏を聴く機会がなかった地域でコンサートを開くことがまず非常に難しいことです。1回だけのイベントなら演奏する場を確保して、スタッフを雇えば開催は可能です。知名度のある「有名演奏家」に演奏を依頼すれば物珍しさもあって人が集まります。
しかし「継続」しなければ文化は地域に定着しません。有名演奏家を毎年呼んでコンサートを開くことが可能でしょうか?「費用」は誰が持つのでしょうか?
人口の少ない地域で収益を挙げられるでしょうか?地域住人だけの力では無理です。行政=役所が予算を計上することが不可欠です。大きな地場産業や大企業があればスポンサーになって貰う事も考えられますが、このご時世に市民のためにスポンサーになってくれる企業は殆どありません。過疎が進む地域の悪循環は産業が無い事も大きな原因になります。

 行政を動かすのは市民の声よりも「お金」です。悲しいですが現実の事です。
国、都道府県、市町村。基本は税金ですべてが賄われています。特に地方都市の場合は人口の減少によって税収が下がり、結果的にますます過疎化します。同じ面積の地域で住民が100人しかいない場所あれば何千人もの人が暮らす地域もあるのが事実です。
「人口の多い場所に引っ越さない人の自己責任だ」と決めつけるのは愚かな人間の発想です。生まれ育った地域に暮らしたいと願う人の尊厳を無視した合理主義に偏った偏見です。

その意味で言えば「生演奏を聴く文化がない」地域に新しい文化を持ち込もうとすることも傲慢なのかもしれません。コンサートが無くても誰も困りません。
無くても良いからなかっただけのことです。
 若者の少ない地域に「若者文化」を根ざすことは不可能ですし無意味です。

「過疎地域は放置」すれば、いずれ誰も住まない地域になります。
 私には価値が理解できませんが、都心でもない場所にタワーマンションが林立し上層階から売れていきます。その場所から歩いても数分の場所に一戸建ての住宅が買える金額で「わざわざ」毎日エレベーター待ちの行列に耐え、停電すればトイレにも行けず、建物から出るために延々と階段を降り続ける恐怖を抱える生活が選ばれます。
 自然に恵まれ、その気になれば自給自足が出来る土地は日本中に溢れているはずですが、「不便だから」「人が少ないから」それだけの理由で過疎化が進みます。確かに「便利な生活」を望むことは間違っていません。都会で暮らしなれた私たちが突然「田舎ぐらし」できるか?悩みますね。生活の不安。病気になった時の不安。私には無理です。
 

 話を「文化」に戻します。
先述の通り文化は一朝一夕に定着するものではありません。
10年、20年、50年と言う年月に絶えることのない「人間の活動」があって初めて「文化」と呼ばれるのです。根付くには自治体の姿勢が問われます。

暮らす人々の生活を第一に考える自治体と、無駄でしかない事に湯水のように税金を投入する自治体があります。安直に目先の利益だけを考える役人たちも多いのが日本です。山林を乱伐して「産業廃棄物」や「核のゴミ」を捨てる場所にすれば企業や国から一時的に莫大な収入が得られます。小学生もわかることですが、山林はすぐには戻りません。核のゴミは何千年も人間を近寄せません。
「善悪」の判断ができること、将来性のあることと無い事、人が幸せに感じることと不快に感じることの判断できない人が世界中に増えているような気がします。
 文化が終われば人類も終わる
文化と「テクノロジー」はまったく違います。
文化はレトルト食品とは違います。
文化はAIでは作れません。
文化は一人では創れません。
 生演奏を聴くこともひとつの文化です。
どんな山奥で暮らしていても、生演奏を聴くことが出来るはずです。
無くても良い…ではなく「あった方が良い」ことを大切にすることも人間の知恵だと思います。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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