「もしも音楽がなかったら?」
人間が生きるために必要な「空気=呼吸」「水」「栄養」「睡眠」などがあります。
音楽が生きるために必要不可欠な存在ではないことは事実です。
現代の日本で生きるために「お金」も必要です。生きるために必要なお金ですが、多ければ多いほど幸福な人生だとは限りません。人生観・死生観は人によって大きく違います。どれが正しい…と言う正解はありません。音楽の存在が、ある人の人生を幸福にする場合もあります。
音楽と共に生きる。大げさな表現かも知れませんが今の私にとって「もしも」音楽に出会っていなかったら?と言う人生を想像することはできません。
それは技術の優劣や、他人の評価とは別の次元のことです。
どんな人でも、すべて思い描いた通りの一生を送ることは現実的に不可能です。人間にはどうすることも出来ない自然災害。ある日突然、病気になったり事故に巻き込まれることも避けられないことです。
生まれてから66年。それが長い?短い?…比べる「時間」によります。宇宙が誕生したとされてる瞬間からの時間、地球に生命が誕生してからの時間などに比べれば「一瞬」の時間です。
人間が生きられる時間は決まっていません。正確に言えば「永遠に生きられる生命はない」と言えます。
自分の演奏を喜んで聴いてくれる人がいること。私にとって、これこそが「至高の幸せ」だと感じています。さらに、その思いを共有できるパートナーと共に音楽を演奏できる今の自分は「幸運」だと思っています。
音楽がなくても人間は死にません。しかし一方で音楽は「人を幸せにできる」存在です。音楽でなくても、演劇や落語なども見る人・聴く人を幸せにできます。
私は自分の演奏が「自分の言葉・行動」と同じ価値のあるものだと考えています。他人との比較よりも、自分自身が充実した時間を感じられることを大切にしています。もちろん「理想の演奏(家)」はあります。技術を身につけたいという欲もあります。
私自身の10代、20代、30代、40代、50代はそれぞれに違った「目的と達成感」がありました。同時にそれぞれの時に、自分の不幸を嘆いた記憶もあります。
今現在、自分ができること、出来ないことを過去の自分に照らし合わせた時、まったく違う「自分」だと気づきます。それは、成長でもあり「老い」でもあります。
すべての事実を受け入れて音楽を演奏しています。と言うよりも「そうするしかない」のだと思います。
来年2027年1月4日に開催するコンサート。いつものことですが「これが最後の演奏会」になっても後悔しない準備をしたいと考えています。そして演奏会で私の「音」を感じてくださる方との出会いが何よりも楽しみです。
初めての会場です。不安も含めて、音楽に向き合うことだと思っています。
聴いてくださる方、お一人お一人にとって「幸せ」を感じて頂けることを願っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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