メリーミュージックブログ

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生演奏は消えるのか?

生演奏は消えるのか?

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 今回は演奏を聴いて楽しむ立場で「生演奏」と「録音の演奏」それぞれの楽しみ方を考えるものです。
 演奏する立場での違いも含めて考えていきます。
まず「生演奏」つまり演奏者が実際に演奏する音を聴く場合について考えてみます。
 元より演奏は「人間の前で人間が行う」芸術として誕生しました。
演奏する場所に聴く人が居て、演奏する人が、曲を演奏します。
教会での演奏もあれば、コンサートホールや宮殿での演奏もありました。演奏する人が一人の場合も二人の場合もあれば、オーケストラのように大人数での演奏も昔からありました。演奏される音楽は「その場限り」で消滅するのが当然でした。同じ音楽を同じ人の演奏で「もう一度聴きたい」と思っても実際にはとても困難だったはずです。すべての演奏が「一期一会」で始まったのが音楽の演奏でした。
「電波で音を離れた場所で聴く技術」が発明されて「音を録音する技術」が誕生してから、音楽の聴き方も変わりました。「ラジオ放送」で音楽を聴くことが出来るようになり「レコード」を自宅で再生して音楽を好きな時に聴くことが出来る時代になりました。
 それでも「生演奏」は残りました。ある意味で「どうして?」と言う疑問が生まれます。放送やレコードで音楽を聴くことが出来るのに、わざわざ会場に出向いて音楽を聴く‥なぜ?生演奏が残ったのでしょうか?

音楽を聴く事、演奏することが楽しいと感じる人にとって「便利」「簡単」が優先するとは限りいません。人間の「欲求」として、快楽を求める欲求はどこまでも続きます。一方で「便利」になる発明には「ゴール」があります。「身体を動かさなくても生活できる」ことです。音楽を聴きたいと思えば「音楽を聴きたい」と声に出せばAiが応え好きな音楽を選んで自分の好きな音量、音色で再生してくれる生活は目の前にあります。それ以上に便利にしようとすると?考えただけで「思ったこと」をコンピューターとロボットが叶えてくれる「ドラえもん」の世界観です。
 以前のブログでもこの話題は取り上げましたが、どんなに文明が進化しても人間が自分の身体を使って「楽しむ」事は残すのではないかと想像しています。自分の代わりにロボットが演奏してくれても「演奏を楽しんだ」とは感じません。VRで視覚・聴覚・嗅覚・触覚を疑似体験出来て「旅行してグルメを楽しんだ気分」を自宅に座ったままで体感できる日が間もなく現実になります。自分の足で歩いて旅行するより安く・安全に・簡単に体感できる「VR旅行」
 好奇心が勝る「プロセス」があります。VRコンサートが当たり前になる日、次に求めるのは「実際の生演奏を聴きたい」という欲求だと思います。
 CDの売上より30センチLPレコードの売り上げが多くなってきました。「作れるもの」であれば一度消えてしまった文化=アナログレコードを蘇らせることは可能です。「設計図」と「材料」があればできる事ですが「人間の技」はそうはいきません。
 演奏できる人間の「必要性」が下がれば、あっという間に演奏家と言う職業は消滅します。アイドル歌手のように「容姿」「イメージ」だけで人気が出る職業とは違います。「職人芸」を絶やすことは人類の大きな損失です。すでに世界中で多くの貴重な「技」が絶滅しています。需要がないから・売れないから・もっと便利なものがあるから・もっと安価に作れるから…様々な理由で伝統の技が消えていきます。
 演奏を「人間の技」と考えること。演奏する人間を残せるのは聴く人がいて初めて出来ることです。ぜひ、人間が演奏する「コンサート」に足を運んでください。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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