映像は「レ・ミゼラブル」の中で歌われる「オン・マイ・オウン」をヴァイオリンとピアノで演奏したものです。音楽を聴いて感情を揺り動かされる経験は演奏をしたことがなくても体験出来ることです。演奏して人の感情をゆり動かすことは簡単でしょうか?
今回のテーマは「音」を並べる作業ではなく演奏する人の「感情」「思考」を表現する音楽を演奏するために必要な「基礎」を考えるものです。
「演奏技術」を身に付けることのためには時間と労力が必要です。趣味でも専門家でも音を出す技術がなければ楽器の演奏は始まりません。しかし「コンピューター」と言う道具を使うと楽器の演奏技術が皆無でも自分の好きな音をすぐに「演奏」できます。「パソコンで作った音は音楽ではない!」これは間違っています。クラシック音楽をスマホやテレビ、ラジオで聴く場合に「音楽ではない」と考える人はいないはずです。「電気・機械で作られた音はダメだ」これも非常識です。ロックでエレキギターを使ったら?クラシックの野外コンサートでマイクとスピーカーを使ったら?考えれば「電気・機械を使わずに音楽を聴く」事の方が圧倒的に難しく・数が少ないのが現代なのです。昔からある楽器の中でもパイプオルガンは演奏者の「遠隔操作」で音楽を奏でる楽器です。ピアノも1万点以上の部品(多くは金属部品)で出来上がった「機械のような」楽器です。
楽器の種類によって演奏の技術が全く違います。一見誰でも弾けそうに感じる楽器もあれば見るからに難しそうな楽器、実際に試してみると音さえ出ない楽器もあります。先述のパソコンや電子オルガン、シンセサイザーを操作するための知識、技術がなければ当然「電源さえいれられない」楽器です。
そのような多彩な楽器がありますが人間が、自分の好きな「音」で好きな「音楽」を演奏しようとする「意欲」は共通するものです。むしろこの気持ちがなければ演奏=音楽は発生しません。機械が自分で考えて音楽を作る時代がきっとやってきます。「AI」と呼ばれる技術を使って実際にBGMを作る技術はすでに実用化されています。バッハやベートーヴェンが作曲した曲の楽譜のデータを入力しなくても、機械に聴かせる=学習させる事を積み重ねると、世界中のどんな演奏家の演奏とも違う「独自」の演奏が可能なはずです。もはや人間の演奏技術はコンピューターにとっては「かんたーん!」な事の一つです。どんな速さでも間違えずに最高の音色で演奏できるのは「当たり前」で、人間のように「ミスをする」ことも可能です。
楽譜が読めなくても、入力しなくても「音」を読み込ませるだけで独奏曲をアンサンブルに編曲することも既に可能になっています。
あれ?人間が苦労して楽器の練習をして演奏する「必要性」って残ってないの?(笑)
機械の力で人間の生活を楽にする使い方もできます。身の回りに当たり前にある「家電製品」を見れば電子レンジ、冷蔵庫、炊飯器、洗濯機などがない時代、すべては「知恵と労力」で行っていました。それらは「誰か」が考えて努力して創り出した技術です。
人間の楽しみは必ずしも「便利」だけを重視していません。スポーツにしても本を読むことにしても、アウトドアでキャンプを楽しむ、車やバイクの運転を楽しむ‥など楽しむために敢えて「不便」を選ぶことにも目を向けるべきです。
楽器を演奏して音楽を作る「楽しみ」もその一つです。時間と労力をかけて汗を流し「努力」することが楽しみなのです。
人間は苦しい事やストレスを感じることを嫌がります。人によって差はありますが、なかなか思ったように出来ないことはストレスになります。実際に楽器の演奏を楽しもうと思って楽器を用意しレッスンに通っても「できない」ストレスが原因で「挫折」して演奏を止める人が多い現実があります。少しでも短期間に出来るようになれば「趣味の演奏」をする人も増えると思います。では「どうすれば?」辛い思いをせずに短期間に上達するのでしょうか?
「学ぶこと」です。AIは「学習する=記憶して処理する」技術です。記憶する容量、処理する速度も日々進化していますが原理は「学習」の積み重ねなのです。
私たち人間も音楽を作る楽しみを持ち続けるために「学ぶ」事が何よりも大切なのです。
もっと言えば「学ぶことが楽しい」と考えることです。教えてもらうだけが学びではありません。観察して試して確認して‥と言う事を繰り返すのも学びです。受け身=考えずに言われたことを繰り返すだけでは楽しみは生まれません。習ったことをどうすれば?と考えます。さらに習っていない曲を演奏する時に自分の感覚と技術を頼りにして音楽を創造します。
レシピの通りに料理する事や素材の鮮度や状態を見極めることは「技術の基本」です。
自己流=自分の好きなやり方を見つけるために失敗は不可欠です。失敗しないと「美味しくない」時を見つけられないからです。練習して失敗する=思ったように演奏できない経験も同じです。なぜ?失敗するのかを観察しなければ上達しません。料理で言えば砂糖と塩を見分け使う量を記憶していなければ、同じ失敗を繰り返すの当たり前ですよね。
「出来ないことがあるから面白い」この考え方こそが人間の知恵です。
前のブログでも書きましたが短絡的に=安直に自分の意志を他人に押し付ける考え・行動は知恵を使わず野生の本能だけで行動している「野蛮人」です。音楽を創造する人が自分の価値観を他人に押し付けるでしょうか?バッハやモーツァルトの価値観を認めなければ現代の音楽は存在しませんでした。自分の考え・感覚を自分で肯定しながら他人=例えば師匠や他人の評価にも耳を傾ける「受容性」のない人間には音楽を楽しむことは無理です。
演奏を自己流に仕上げる楽しみが「人間らしい」行為だと思っています。すぐに出来れば良いのではなく、間違えなければ素晴らしいのではないのです。上達のために使える「現代機器」は使うべきです。チューナーでもメトロノームでもICレコーダーでも自分の学びの為に活用するのは良いことです。
自分の楽しみは自分でしか感じられない。他人の感覚と違う事が宝物です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
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