映像はサン・サーンス作曲の「序奏とロンド・カプリチオーソ」
今回のテーマは?そうです「速い曲はかっこいい」と言う憧れについて考える内容です。
「速い」と言う基準はないので「速く感じる」と言うのが正しいですね。人によって感じ方は様々ですが「ゆったり」「ゆっくり「のんびり」の対義語とも言えます。音楽に限らず人間が「身体を速く動かす」事への欲求は本能的なことかも知れません。例えば「狩猟」をするとしたら人間より速く走る「獲物」を追う時に速く走れた方が有利です。敵から逃げる場合にも速く走れることは必要な能力になります。「技術」として少しでも速く身体全体、身体の一部を動かすことはそんな「憧れ」の一端かも知れません。
例えば拳銃の早撃ちは映画などでもよく見かけます。早口言葉は子供の頃に競い合った気もします。職業として「釘打ち」の速度や「キャベツ切りの速さ」も見ていて「すごい!」と感じます。
音楽を聴いて「すごい」と感じるのはどんな時でしょう?
歌であれば「声の高さ」「声の大きさ」にも感じます。楽器を使った演奏の場合にはどうでしょう?「音の高さ」に関してピアノの高い音を聴いて「難しそう」と感じる人はいないのに対してトランペットで高い音を演奏すると「すごい」と感じる人もいます。低い音を出すと思い込んでいるチェロやコントラバス、チューバが高い音で演奏するとやはり「おぉ!」と思う人もたくさんいます。
「速い曲」を聴いた時には声楽であれピアノやヴァイオリンの演奏であれ多くの人がすごい!と感じるようです。「どうすれば?あんなに速く指が動くんだろう?」と思うのは自然な事だと思います。先述のキャベツの速切りやパソコンキーボードの早打ちと違い、演奏は速い動きがそのまま聴衆に届くものです。
演奏家を目指す人が通るプロセスの一つに「速く正確に演奏する」技術を修得することも重要な要素です。音階、練習曲を通して速く正確に演奏する技術を修得するために長い時間をかけて練習します。ただ人によってこの「時間」には差があります。同じ人間なので恐らく「構造的な違い」つまり身体能力的な違いはさほど大きくないはずです。それなのに人によって短期間で速く正確に演奏できる人と「そうではない人=私もその一人」に大別されます。
一番の違いは「練習量」だと思っています。もちろん考えながらの練習で単純な「練習時間」ではありません。指導者からのアドヴァイスや「知識=情報」の多さも関係しますが練習と「意欲」が問題だと思います。
速く正確に演奏することへの「憧れ」の強さが人によって違います。
ある程度=レベルの技術は演奏する人にとって必要になりますが「それ以上」を求めるか?は個人の意識の差です。極論すれば「誰よりも早く正確に演奏したい!」と思う気持ちの有無です。
意欲の違いはあってもアマチュア演奏家にとって「どうすれば?」と言う情報は欲しいものです。私の経験で考えると最も大きな「壁」は「音に対する反応の速さと精度」です。
以前にもブログで書いたかもしれませんが「チューナー」を例に考えると理解できます。音の高さを視覚的に表す便利な道具が「チューナー」です。その反応速度と精度の問題です。反応速度が遅ければ音が聞こえて「正しい・低い・高い」と言う判断までに時間がかかってしまい短い音には反応しません。精度の低い機会だと「大体あっている」程度で表示されることになります。基本的に12種類の音の他kさで表示するため「どれかに近い」だけを表示するチューナーもあります。
運動として指や腕を「速く動かす」と言うトレーニングは比較的短期間で習得できます。必要な筋力と瞬間的な運動・筋肉の弛緩=脱力なので無駄な力を抜く「技術」を身に付けることになります。
一方で音に対する反応の速さ精度を高めるために必要な「トレーニング」と必要な時間は日常生活や楽器の演奏だけで身に付けることは困難です。音の高さに対する感覚=音感のトレーニングは、聴音やソルフェージュによって効率的に高めることが期待できます。聴こえた音の「音名」を短時間で判断する技術と、楽譜上の音を楽器を使わずに「声」で音にする技術を修得することで音感を高めることが可能です。
「速く演奏する」とは「短い音を連続して演奏する」と言い換えることが出来ます。ヴァイオリンの場合には「音を出す右手」と「音の高さを変える左手の指」の運動を「独立」させる場合と「分離」する場合があります。ピアノの場合には音の高さは鍵盤によって決まっており、特定の鍵盤を押し下げれば「決まった音が出る」ことがヴァイオリンと大きく違う点です。
右手と左手の「独立」ち「同期」が短い音を連続するためには避けて通れない「壁」になります。多くのアマチュアヴァイオリニストがこの問題で苦労します。原因は様々ですが最も顕著な例は「どちらかの腕・指の運動にもう一方を合わせようとする」ために同期しないケース。逆に分離が出来ない場合には無意識に両腕・両手が同時に動いてしまうために分離が出来ないケースです。
ピアノで両手の指を使って演奏する場合、左右の手の指を「一つのブロック=運動」として独立・分離していると考えられます。10本の指で違う音を出しながら「ひとつの和声」として脳が意識しているのだと思われます。
ヴァイオリンの場合には、左手指だけを動かしても大きな音は出せません。特殊な奏法を除き=左手指のピチカートなど、開放弦も含めた左手指4本を押さえる・離す事で音の高さを変えながら、右手で押さえた弦・押さえていない弦を「擦って」音を出すので、脳からの指令は「2種類」必要になります。つまり4本の弦の「どれを」「どの指で押さえる・離す」と言う右脳からの信号と、右手=弓が出尾の弦を弾くと言う左脳からの信号を出している事になります。スラーで1本の弦を全弓を使って音を出しながら、左手の指をその弦で押さえたり離したりすれば音の高さが変わります。同じ左手の動きを「弓を返して」演奏する場合は指の動く速度=タイミングと弓を返すタイミングを「一致させる」場合と「意図的にずらす」場合があります。
多くの「速い曲」の場合は指の動きと弓の動きを同時に行えば演奏できますが、左手で2本の弦を違う指で押さえておいて、右手で2本の弦を交互に演奏するパッセージは多くの曲で用いられる技術です。「左手の指は動かさずに音の高さが変わる」ことになります。
最後に速い曲とゆっくりした曲で「共通」している技術を考えます。それは「音を出す前にすべての運動をイメージする」ことです。
イメージせずに音を出して「偶然」思った通りの音が出せる事もあります。例えば左手の指を押さえる位置・タイミングと右手で弓を動かす弦と発音のタイミングがすべて合う場合と左手の指の位置=ピッチや発音のタイミング・弦の種類が合わない場合です。私はこれを「サイコロ」や「じゃんけん」に例えます。偶然に当たることを願っても思った数字が出たりじゃんけんに勝つ「確率」でしかありません。確率を挙げるためにと、何十回繰り返しても変化はありません。
演奏の場合にも似たことをしているケースがあります。失敗しないために無意識に音を小さくして逃げる場合、さらに左手の速さに無理やり右手を合わそうとする場合が該当します。
サイコロと違い自分の身体を思ったように動かすことはトレーニングで成功率を高めることが可能です。
速い曲もゆっくりした曲も「音の連続」であることに変わりありません。今の音から次の音に「移動する」準備が必要です。両手の動きも常に「次の音」への準備が必要です。
要するに「音と音の連結」が肝だという事です。
どんなに速い運動でも次の運動への「準備」をすることです。
音を出す前の運動を考えることで自分の思った音が出せるようになる事を意識して練習してみてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
コメントを残す