映像は昨年(2025年1月)に演奏したサン・サーンス作曲「死の舞踏」このリサイタルで初めてヴァイオリンを新しい楽器に持ち替えました。
それまで使っていたヴァイオリンは私が中学2年生の時に両親が私に買ってくれた楽器でした。1800年代のはじめにイタリアの職人「サンタ・ジュリアーナ」が製作したヴァイオリンで当時、フィラデルフィアの楽器商「メニック」から輸入されたばかりの楽器でした。
初めての日本だったらしく購入した翌年の梅雨で表板も裏板も湿度と暑さに耐えられず毎週のように膠が剥がれ、その度に購入した職人さんの工房に通っては直し、また剥がれては直し…泣きたくなる思いでした。
音楽高校の受験、大学を卒業するまでの間、常に私の「相棒」でもあり「身体の一部」でもありました。そんな楽器との別れは一昨年2024年5月。諸々の事情で弓と共に手放しました。
買い取ってもらった楽器商で手続きを終えた時、次の楽器を手にすることは全く考えていませんでした。『うそ~」と思われるかも知れませんが本当の事です。「他のヴァイオリンは持ってるんですよね?」と楽器商=職人の方に問われて「いえ。弓だけ持ってます」
「ダメです!」と一喝されました(笑)
「なにか特別に気になる楽器はありますか?」と尋ねられたので正直に「新作は難しい=不安だけどオールドはいらない」と言う事と以前に出会ったモダン楽器で印象に残っている製作者の名前を伝えました。「贋作も多くて実際本人も色々な人の名前で楽器を作っていたり危ないことは知っています」と正直にお話ししました。
「そこまでご存知なら」と「実は今、あります」と持ってきてくださったのが映像で演奏しているヴァイオリン=今現在、私が愛用しているヴァイオリンです。製作者や年代については書きません。お許しください。私がそれまで愛用していた楽器の製作年も敢えて書きません。楽器は時代を超え色々な人の手に渡ります。私が使っていたヴァイオリンも誰かの手に渡ります。そして新しく手にしたヴァイオリンも今まで少なくとも一人は誰かが演奏していた楽器です。
使う人の愛着が楽器にあります。手放せば「その先」が気になります。
また以前に使っていた人についても同様に気になるものです。
そのすべてを知ることが演奏者にとって「良い事」ばかりではないことを改めて学びました。前に使っていた人の弾き方や管理が「悪かった」と考えてしまうのは演奏者として恥ずべきことです。どんな楽器でも誰かが最初に使います。そして次の人、さらに次の人に「愛され続け」100年以上の年月、誰かの相棒として活躍するのがヴァイオリンです。楽器の調整は「楽器を壊すこと」と言う言葉もこの楽器を手にするときに職人さんが言われた言葉です。その通りだと思います。
楽器は人間の身体と違って「再生」しません。1ミリでも削れば二度と元には戻りません。作った人の楽器とは別の楽器になります。それが悪いとは言いません。楽器を調整・修理することは大切な事です。人間で言えば「健康診断」に近いものです。検査で病気や骨折が見つかって治療しますが人間には「自然治癒能力」があります。骨折は固定すればある期間で再生し完治します。ではヴァイオリンは?
以前の楽器のように「膠がはがれる」状態では健康な音は出せません。ヴァイオリンを作る時と同じ手法で表板・裏板と横板を弱い接着力の膠=ニカワで貼り付けて決まった圧力で数日、固定して固着させて元に戻せます。ニカワの接着力が弱いのは「木材が割れるのを防ぐため」なのです。強すぎる接着剤で貼り付けると、湿度で膨張した場合と乾燥で縮んだ時の「差」を逃がす=剥がれることが出来ず、板が割れる結果になります。ここにもヴァイオリンを考えた先人たちの「知恵と技」があります。
剥がれなら直せますが「割れ」は復元できません。木材の組織が分断してしまったものを、いくら見た目でわからない様に修理しても振動はそれまでと違う伝わり方になります。
ましてや演奏者の好み、職人のこだわりで楽器を削ることは楽器にとって「二度と元に戻れない」状態にされることです。
「お金を払ったから自分の自由」確かに。「弾きやすいように・良い音が出るようにしただけ」なるほど。
そのヴァイオリンを自分だけが演奏して終わらせる=燃やす・壊す覚悟があるなら、それでも構わないかも知れません。
実際にあのストラディバリウスを大量に乾燥室に入れて、すべての楽器の表・裏の板を割ったコレクターが過去に実在しました。本人からすれば「買った自分の自由」です。
ヴァイオリンを演奏すれば「良い影響」と「劣化」が同時に常に進行します。良い影響は木材が振動しやすくなること。特に正確なピッチで適正な圧力の弦で演奏すればなお一層、楽器はピッチが合った時に大きな振動をするようになります。ストラディバリウスがどれも良い音で演奏できるのは「常に一流の演奏者が演奏しているから」でもあります。
一方で「劣化」は演奏するために温度と湿度の変化にさらされ、演奏者の汗・呼気で湿度をさらに吸い込み、移動のたびに振動で楽器に負担をかけ続けます。ヴァイオリンは楽器であり「演奏するために作られた」ものです。飾って鑑賞する目的で作られていません。
ヴァイオリンを持ち替えてもうすぐ2年になります。以前の楽器と50年間お付き合いした事と比べると「序の口」です。
この間にいくつもの演奏会場で色々な曲を演奏する事ができました。ちなみに一度も調整・修理を必要とするような事はありませんでした。日常の手入れだけで、ニカワの剥がれもなく健康な状態を維持しています。楽器自体が製作されてからまだ100年経っていない「若い楽器」であることも健康な理由の一つです。かと言って新作楽器のような「バラツキ・イレギュラーな変化」もありません。新作楽器の場合にはこれが最も不安な要因です。
2年間演奏して感じたこと。
・自分の演奏方法を再確認できた
・楽器固有の「聴こえ方の違い」に少しずつ慣れてきた
・楽器の成長=良い影響を感じられる
一方で変わらないのは
・自分の好きな音色
・苦手な奏法(😿)
これは一生かけて試行錯誤することだと覚悟しています。
楽器を替えれば「音が変わる」のは当たり前です。しかし、自分の求める音・理想の音は変わりません。つまり、しばらく違う楽器を弾けばその楽器で自分の好きな音を出そう!と無意識に演奏方法を変えて行きます。結果、どんな楽器を持っても「自分の好きな音」に向かって変わっていくので楽器の個体差よりも演奏する人の「好み」の音が聴く人に届くことになります。
私は技術が足りないからか2年経っても、今のヴァイオリンで自分の理想の音を出せません。それは「楽器のせい」ではなく、自分の技術が足りないことが原因です。楽器を変えて「目先の変化」から学ぶこともたくさんあります。今まで生徒さんに本当に多くの「入門用ヴァイオリン」と呼ばれる楽器を選んできました。学校での部活オーケストラに入部して初めてヴァイオリンを購入した数だけ考えても、20年間で200本以上…もっとかな?選定しました。教室を開いてからは、手工品の楽器、新作楽器も含めてやはり200本以上の選定をしました。
その自分が選んだ楽器は?「ちょうど今ありますよ」と提示された楽器と言う笑い話のような実話です。「本当に?他の楽器は弾かなくても?」という職人さんに「いえ結構です。とても気に入りましたから。と言うより嫌な音ではないし、他の楽器を弾いても迷うだけですから」とお答えしてその日から私の身体の一部になりました。
楽器は「道具」です。そして必ず「寿命」があります。人間と同じように年を重ねると変化します。使い方、扱い方で楽器の音も寿命の長さも変わります。ヴァイオリンの寿命が人間より長いのは事実です。
ヴァイオリンの「生涯」の中で一時に関わるのが演奏者です。
人間のパートナーとは違います。そのことを考えて、楽器をいたわりながら自分の好きな音を出させてもらおうと思っています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
コメントを残す