メリーミュージックブログ

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演奏者の努力と聴く人の期待

演奏者の努力と聴く人の期待

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映像はサン・サーンス作曲「死の舞踏」昨年1月の演奏です。
今回のテーマは演奏者が聴衆の前で演奏するまでに練習と準備に時間と労力、お金も使って、演奏会でその演奏を聴いた人が持っていた期待に応えることの難しさを考えるものです。趣味の演奏とプロの演奏で異なる面もありますが共通する一面もあります。
「演奏する側」「聴く側」の立場で深堀りしてみたいと思います。

演奏する立場で考えるとお客様に演奏を楽しんで頂くために「おもてなし」の心、謙虚な気持ちが第一に必要です。その上で自分(自分たち)も歓びと達成感、満足感を得られます。
準備する側に「完璧」はありません。「これで良い」と言う妥協点を下げてしまうのは簡単なことです。言い訳を並べれば「仕方ない」の一言で自分を納得させられます。
演奏技術を高めたいと言う「欲望」は演奏者が誰でも持つものです。
しかし「どこまで?」と言う線を引くことは不可能です。自分が納得できるまで人前で演奏しない!と心に決めたとすれば、私なら死ぬまで人前で演奏することはないだろうと思います。最終的に到達したレベル・満足度で人前に立ち、演奏することになるのはプロもアマチュアも同じです。だからこそ少しでも努力して「良い演奏」を目指すことになります。

「聴く側の立場」で考えてみます。
演奏会に足を運びコンサートによっては「入場料・チケット代金」を支払って演奏が始まるのを待ちます。
偶然に会場の前を通りかかってコンサートを聴く…そんな確率はゼロに近いものです。多くの人は予めコンサートの日時や場所、演奏者、曲目などを知った上でコンサート会場に行きます。
良く知っている知人・友人が演奏するコンサートもあれば、情報を見て演奏する人の経歴や容姿だけで決める場合もあります。曲目に魅力があって「行こう!」と思う時もあればまったく知らない曲でも聴いてみようかな?という興味と演奏者の魅力が組み合わされてコンサートに行く場合もあります。
 つまり殆どの場合は演奏者か曲目への関心や興味が決め手になり、その先に「演奏への期待」が続くものです。もちろん演奏にまったく期待しないでわざわざ演奏会に行く場合は「お付き合い」の場合で、自分で交通費とチケット代金を払ってまで期待しないコンサートには行かないものです。
 演奏が始まって自分の予想していたよりも演奏が「気に入る」場合と「面白くない・楽しめない」場合があります。期待する内容によりますが例えば自分の好きな演奏に感じたり、初めて聴く曲に感動したり「期待を超える楽しさ・歓び・感動」があれば交通費もチケット代金も無駄になったという気持ちは感じないでしょう。
反対に「期待を下回る・裏切る」内容の演奏や曲=音楽だった場合、後味の悪い時間を終えて帰ることになります。ショックが大きければ「二度と〇〇のコンサートなんかに行くものか!」と言う怒りに似た気持ちさえ持っても不思議ではありません。

 演奏する側は「準備」が必要です。聴く側にはまったく必要のないことです。むしろ聴く人が演奏者を知らなくても、演奏する曲を聴いたことがなくても、聴いて感動したり楽しめれば良いのです。
 演奏会に期待する内容は聴く人によって違います。中には「生の演奏者を見ること」が目的で会場に行く人もいるでしょう。また「好きな曲」だからと期待してコンサートに行く人もいます。漠然と「ヴァイオリンの音が好き」だとか「クラシックが好き」と言う人もいます。
すべての聴衆の期待に完全に応えることは不可能です。「好み」が人によって違うのですから当然です。同じ演奏でも感動する人もいれば途中で寝落ちする人もいます。「早く終わって!」と思う人もいるかも知れません。それが現実です。
 演奏技術のレベルが高いのか?普通なのか?ヘタなのか?分からなくて当然です。「分かった振り」で語るオタク様にとって「分からない人」は恰好の餌食です(笑)御託を聴かされる側には迷惑でしかないことに本人は気付きませんが(笑)
 技術の有無が分からなくても、作曲者の歴史や名前を知らなくても、演奏者を知らなくても「楽しめれば価値がある」ことなのです。
コンサートはコンクールではありません。演奏者のファン・知り合いだけの「内輪のイベント」なら一般の人に公開するべきではありません。同様に演奏する曲を初めて聴く人やクラシック音楽を普段聞かない人が萎縮するコンサート=マニアのためのコンサートなら「マニア向けです。曲を知らない人は入場できません」と告知すべきです。
 誰にも何事もに「初めて」があります。初めてのクラシック音楽のコンサートで「嫌な思い」をした人がまたコンサートに行くと思いますか?「そんな人は放置すればいい」と思いあがる人に言って差し上げたい。「生まれつき音楽が好きな人間なんて地球上には誰もいませんが?」と言う事実を。すべては「偶然」の積み重ねでしかありません。
 演奏する側も、聴く側も「偶然の出逢い」なのです。聴く側の「期待」と演奏する側の「不安」が終演後に全員が「満足」「喜び」に変わるコンサートが理想です。現実にはなかなか(笑)それでも「次に期待」したり「次に向けて努力」する事が続くのは、少なからず期待に応えてくれた満足感と、それを感じられた演奏者の嬉しさがあるからだと思っています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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