メリーミュージックブログ

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「強さ」より「優しさ」に憧れる年齢

「強さ」より「優しさ」に憧れる年齢

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 映像はラフマニノフ作曲「祈り」と訳される曲を3年前にに演奏した動画です。
以前のブログで才能ある若い演奏家を破壊する大人のエゴイズムをテーマにしました。
また前回のブログでは演奏の評価に関する私の考えを書きましたが、今回は自分自身が年齢を重ねて自分の演奏や他の人の演奏に対する「感じ方・好み」の変化について考えるものです。

 自分と同世代の音楽仲間に囲まれて音楽を学んでいた時期(15~23歳頃)に自分の演奏や友人や後輩、先輩の演奏に何を感じながら練習していたかは正直に言ってあまり覚えていません。ただ周囲の「自分よりじょうずな人」への憧れや追いつきたいと言う思いはあったと思います。同学年の友人とアンサンブルを楽しみながら学ぶときも心のどこかで「負けたくない」と言う気持ちがあったのかも知れません。「能力主義」の学校でしたから高校1年生も大学4年生も学年に関係なく一緒に演奏し、演奏技術によって学内のオーケストラも毎年学年当初に発表された能力別の3つのオーケストラに振り分けられていました。
周りにいるすべての学生が友人でもありライバルでもありました。
 その高校大学での生活で得た多くの技術・知識・経験が卒業後にすぐ役立つ…とは限りません。多くの卒業生は「プロ」としてオーケストラに入団=就職しました。ただピアノ専攻の人や作曲専攻の卒業生は「就職」と言うよりもさらに勉強の日々が待っています。
私は卒業後、親の不安をよそに(笑)好きな事をしながら演奏のアルバイトで遊ぶお金を稼いでは日々を楽しく暮らしていました。卒業した年の5月頃?に新設される中・高校の音楽教諭公募の張り紙を学生課の事務職員に紹介されたこをが「運命の分かれ道」でした。
 翌年4月から20年間の教員生活が始まることは想像外でした。その間はヴァイオリンを真剣に練習する時間も気力もなく過ごしました。友人たちの音楽活動を「見て見ぬ振り」をする日々でした。中学生・高校生の部活オーケストラを作り指導し大きくすることに没頭していたのは、そんな「挫折感」を紛らわしたかったからかも知れません。

 2~3年で辞めるつもりだった教員生活が20年間になり退職したときには44歳という「中年のおじさん」の年齢でした。その後両親の介護や自分の家庭の問題を抱えながら自分で経営する音楽教室・楽器店とNPO法人メリーオーケストラの活動に追われながら日々を過ごしました。レッスンや楽器の販売をしながら自分の練習に打ち込む「意欲」は芽生えませんでした。
 そして大学時代にアンサンブルを一緒に学んだ浩子さんと再会し、二人でリサイタルを開く相談が決まったのが2007年です。大学を卒業して23年ぶりにリハビリをスタートしました。
 自分の演奏を学校の生徒以外の前ですること自体が嬉しくて毎日が新鮮でした。
学生の頃から好きだった曲…特に小品ばかりを20曲以上!演奏したのが1回目のリサイタル。今二人で振り返ると「頭がおかしいよね」と笑うような曲数ですが当時は「これも弾きたい・あれも弾きたい」と言うのが本心で何曲あるのか?お客様がどれだけ大変か(笑)?考えていませんでした。

 自分たちの演奏を動画や音声で記録していたのは生徒さんの参考にする目的の他に、自分の演奏を客観的に聴いて問題を見つけるためです。未だに自分の演奏に「合格」は出せません。
それでも次の演奏の機会を自分で作るのは何故なんでしょう?演奏することが「目標」になり練習する事が「日課=ライフワーク」になることの嬉しさはそれまでの人生では感じたことのないものです。
そうは言いつつも年齢を重ねると身体の自由が少しずつ削られていくことを感じます。
集中力・瞬発力・持久力が下がり筋肉が日常的に痛いなんて…若いときには想像すら出来ませんでした。毎日学校で8時間でも10時間でも個人の練習や合わせ、オーケストラ授業で楽器を弾いても一日5食食べて翌日には元通りでした。
 生まれつきの病気が進行し、楽譜を読むことが出来なくなってからも新しい曲に挑戦しています。「たかが」1ページの楽譜を覚えるのに何日、何週間かかったとしても覚えるしか演奏する方法がないので若いとき以上に「暗譜脳」だけは使っています。

 「強い」より「優しい」演奏が好きになり、自分も目指す気持ちは恐らく若いときから無意識に持っていた感覚なのだと思います。ただ若い頃には「楽譜を見てすぐに間違えずに正確に速く弾けること」が第一に求められていました。プロの演奏家としての「大前提」だったので当たり前かも知れません。ソロにしても難易度の高い曲を短期間で仕上げることが「じょうず」と言われる条件でした。むしろその基準で他人のことも評価していた気がします。
 聴く人が安らぎを感じる演奏。音楽を初めて聴いた人が「心地よい」と感じ笑顔になれる演奏。クラシックマニアが「すごい」と評価するよりも普通の人が「良かった」と言う言葉に演奏の意義を感じています。.
 速く・強く・正確に演奏するための技術のレベルはプロとしての必要条件かも知れません。
もしそうならば私はアマチュアと呼ばれても気にしません。「優しい」「美しい」「心地よい」演奏をするための技術を求めたいと思っています。
 最後までお読みいただきありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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