メリーミュージックブログ

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自分の演奏を分析する

自分の演奏を分析する

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 映像は2009年12月。私の地元相模原市橋本駅前の「杜のホールはしもと」での演奏です。
浩子さんとの2回目のデュオリサイタルです。若いなぁ(笑)
 さて今回のテーマは演奏する人が「自分の演奏」について感じることやその妥当性について考えるものです。。音楽を聴いて楽しむ場合とはまったく違い、他人の演奏を聴いた時の感覚とも違うものです。当たり前ですが「自分の事」が一番客観性が低いものになります。
・練習しても上達した実感がない。
・上達しないのに練習を続けることに疑問を感じる。
そんな気持ちを持った経験は多くの人にあるのではないでしょうか?
自分よりじょうずな人の演奏を聴いて目標にして頑張るのに、いくら練習しても全然近づかない‥むしろ空回りしている気がする経験も私自身何百回となく体験しました。
すべては「自分の演奏を冷静に観察できていない」事が原因だと感じます。
自分の演奏を「自己評価」することが最も難しいことだと分かりました。
ひとつには自分自身だけが「練習のすべてを知っている」ことです。
練習は人に聴かせる目的のものではありません。自分自身のために行うものです。
他人の練習内容、時間を知ってもその本人にとってどれだけ?大変なものだったかは想像することしか出来ません。
自分の演奏に不満がある場合←私はほぼすべての演奏に不満がありますが‥まず自分の練習が足りなかった?と反省します。次にもっと!練習しよう!と決意して実際に自分の出来る限りの練習をして演奏します。結果「またダメだった=満足できない」です。上達を感じる前に「あんなに練習したのに!」と思う気持ちが大きくなります。
つまり「練習の量と質」について反省し改善する努力に終わりも到達点もないという事です。
 さらに別の要因として自分の演奏は「傷」が大きく感じることです。
演奏しながらミスに気付いても修正すること・演奏しなおすことは基本的にできません。
演奏中にはミスを気にするより「次の音」を演奏することに集中しています。演奏後に録音を聴いてみて打ちひしがれるのは私だけ?ではないようにも聞いています。
 日ごろから生徒さんにもオーケストラのメンバーにも間違えることを恐れて小さな表現になるのは間違っていることだと伝えているのに‥実際に間違っている自分の演奏は許せない!(笑)自己矛盾です。間違えない演奏が最高の演奏ではないこともブログに書いています。人間なのに間違えないのは努力の結果です。それ自体は素晴らしいことです。自分の演奏を誰かと比較しています。それは「間違えない人」との比較です。ミスをしない演奏に憧れているのは紛れもない事実です。
 ミスに感じていないミスもある。つまり今の自分のレベル=耳の精度では「あっている」と感じても、もっと微細な違いをもっと短い時間で「測定」できる耳を持った人には「ミス」として感じるはずです。事実演奏会で私が失敗しても後で「え?全然わかりませんでした」と本気で言ってくれる人がたくさんいます。「優しさ」もありますが本当に気付かなかった人もいるようです。その人の耳の精度が低いと言うより自分が「気にしすぎている」事が多いようです。

「自分の演奏をもう一人の自分が聴いているつもりで観察しなさい」
これは私の師匠が教えてくださった言葉です。門下生の発表会で演奏した後に
「どんなに高揚(興奮)しても頭のどこかに冷静さを残しなさい」と言うメモ書き=天の声を頂いたこともあります。まさに!真実です。
練習は常に「第三者的な観察」を心がけ、本番の演奏中は「真っ白にならない」ことは一番難しいことです。逆になりがちです。練習ではムキになったり観察力が足りなかったりしがちです。本番では熱くなりすぎて本来の自分が出来ることが出来なくなることがあります。
 自分の演奏を聴くことは「鏡に映った自分を見る」ことに似ています。日常生活で「人目を気にしない」人でも常識的な外観・外見は整えるでしょう。パジャマのままでごみを出す人もいれば「ばっちり!」お化粧しないと外に出ない人もいるのでは?ただ大切な人と対面する時に相手に不快感を与えないような準備をするのは「常識」の範囲だと思います。それ以上に人に見られる職業‥例えば映画やテレビのカメラで撮影される俳優さんやアナウンサー、写真のモデルさんなどにとって「鏡」を見るのは一つの仕事かも知れません。
 音楽を演奏する人が自分の演奏を聴いてチェックする・反省する・改善するのも大切な練習です。「嫌だから聴かない」人が圧倒的に多数です。趣味であっても自分が上達しようと思うなら「録音」を聴くことは上達のポイントになると思います。ましてや専門家の場合には「嫌でも聴くべき」だと思っています。自分の演奏がどう?聞こえているのかを知ることは、人にどう見られているのか?鏡で確かめるのと同じだからです。音楽はその場で消える芸術ですから「終わった演奏を聴いても仕方ない」と言うのは詭弁です。一期一会の音楽だからこそ自分の演奏を他人の演奏を聴く耳で聴いて「感じる」事も重要な事だと思っています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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