映像は2007年(私は47歳でした(笑))のデュオリサイタル2で演奏したロンドンデリーの歌。
今回のテーマは誰もが避けて通ることのできない「加齢」が演奏にどんな影響を与えるのか?を考えるものです。言うまでもなく個人差が非常に大きいテーマです。そもそも若い時から心肺能力をはじめとして筋力に年齢・性別の平均値はありますが鍛え方や生活習慣で大きな違いがあるのが当然です。小学校、中学校で体力測定をした記憶はありますか?背筋や握力、体前屈、上体そらしなどの測定がありました。体育の授業で50メートル走や走り高跳びの真似?などもあった気がします。大人になってからはこのような「測定」は健康診断での「検査」に変わりました。胸部レントゲンで心臓の大きさは分かりますが運動の能力ではありません。
高齢の人でも運動=身体を動かすことが好きな人もいればインドア生活が好きな人もいます。
「健康」とは別に身体の運動能力は必ず衰えるものです。楽器の演奏が運動の一種でもあることは、過去のブログで感度か書いています。演奏する「楽器」にもよります。例えば声楽の場合には身体そのものが楽器ですから演奏=全身運動になります。また管楽器の場合には声楽と同様に呼吸を使いながらさらに舌・腕・指の運動が必要になります。打楽器、弦楽器などすべての楽器で異なった筋肉の使い方をするのが楽器の演奏です。
同じヴァイオリンの演奏でも人によって使う筋肉、使う力の量と時間が全員違うはずです。
同じ曲を同じテンポ、同じ音量で演奏したとしても運動はまったく違うものになります。
先述の通り「筋肉量」「柔軟性」などはすべての人が違います。尾内重さの楽器と弓を使っても構え方、持ち方、押さえ方に使う力も筋肉も違います。同じ人間…例えば私自身が初めてヴァイオリンを手にして練習した時にどんな力を使い、どのくらい疲れていたのか?覚えていませんが(笑)無駄な力を無駄に使って無駄につかれていたことは間違いないでしょう!
特に練習時間を長くする必要がある音大生などの場合に無駄な力や無理な運動は身体を痛める結果になります。経験を重ねるうちに出来るだけ「楽に」演奏する方法を発見します。
いくら効率的に運動をしても20代の時のような筋力を60代の自分が維持できているとは思えません。人によっては若いときより筋力が増えた!と言う人もいるのかも知れませんね。
私の場合には心肺機能が下がったことを痛感します。もう10年近く前になりますが急性心不全であちらの世界に行きかけた際に、初めて自分の心臓に問題があることを知りました。
その後、定期的に心臓エコー、レントゲン検査を受けながら生活しています。
演奏に必要な「身体」と「健康」が何よりですね。
今の自分=65際の演奏に過去と違う面があるとすれば?
これは言葉にしにくいことですが、音楽と自然に向き合う事が出来るようになった気がします。好きな音楽だけにゆっくり取り込める「ゆとり」が出来たのかも知れmせん。
1曲にかける時間が若い時の何倍?何十倍になりました。技術を競い合う必要がなくなり、むしろ自分の演奏を客観的に観察できるようになりました。良い意味で「自分流」の演奏を探す時間が出来ました。
若い時に出来た事が出来なくなるのは当たり前です。それを受け入れることです。出来ないことが増えたことをマイナスと考えるなら、出来ることの深さを深められたことがプラスです。今まで10曲練習していたものを2曲に減らせば、今までより深く音楽を理解できます。
「老後」と言う言葉がありますが私は違和感を感じます。老いた後?っていつですか?(笑)
「残された時間を」と言う言葉も好きではありません。自分が生きられる時間を宣告された人には「残された時間」を大切にするのは自然な事だと思います。そうでない限り「残された」時間の長さは誰にも分からない。一日だけかも知れません。それでも後悔しない生き方が一番です。
演奏は楽器を持てなくても、人に聴いてもらわなくても可能です。
今の自分の演奏を10年前には出来なかったのです。10年前の演奏が出来なくても何も問題ないことを改めて考えてみました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
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