テレビのない我が家は「ニュース」に追いつけないことも日常茶飯事です。
昔テレビにかじりついて見ていた札幌オリンピック。時代と共に「ショー」になり挙句の果て「金儲けプロジェクト」になり下がった時から見る気をなくしました。
ネットニュースで流れてきた「フィギュアスケートペア」の話題に興味を持ちました。
フィギュアスケートを技術=ジャンプの競い合いで採点する時代になってから「美しさ」は順位にほとんど関係がなくなり、解説が叫ぶジャンプの種類と成功・失敗だけの放送にうんざりしていました。解説のない映像を探して見ていました。
ソロにしてもペアにしてもダンスにしても「音楽と振付」に関心が行ってしまうのは私たち夫婦だけ?かも知れませんが、特に日本選手のスケートと音楽に違和感を感じることが多々あります。昔「コンパルソリー」いわゆる規定競技で正確なスケーティング技術の競技を経てから、ショートやフリーのスケートがあった時代に「音楽のないスケーティング」で技術を競い、音楽=歌のない音楽を流しながら「表現力」を競ったフィギアスケート競技を思い出します。
選曲する段階で音楽の印象と特徴的なリズム・ビートが自分(たち)のプログラム=スケートの組み立てにあっているのか?考えているとは思えない演技も見かけます。
音楽の「切り貼り」は時間の制約があるので必要です。1曲の中で「どこを使うか」もスケートの技の構成を考えて決めているのか?疑問を感じるケースが多い気がします。
スケートの知識も技術もない私が、スケートのうまい・へたを述べる気はまったくありません。音楽を使うなら音楽を聴いて欲しいと感じるだけです。
「りくりゅうペア」の名前さえほとんど聴いたことがなかった私です。
フリーの演技が終わった二人の姿を偶然見た時からなぜか?強い興味を持ちました。
自分たちの演技が終わった後に「感動」をパフォーマンスとして大げさに見せる選手が増えた今、本気で泣いている選手を見るのは久しぶりに感じました。そもそも演技自体も見ていなかったので当然「逆転優勝」も「ショートでの失敗」も知りませんでした。
調べていくうちに興味は益々膨らみ過去の映像なども見返したり他国選手との関わり方、マナーの良さなどの情報にも行きつきました。
9歳の年齢差。7年前にペアを組んだ当時の経緯。その後もお互いのケガや不調を経験したこと。共に生活しながら「パートナー」「チーム」としての意識を持ち続ける精神力。
ショートプログラムでの結果に心が折れた「りゅう君」を引っ張り上げた時「おねえさん」になった「9歳年下のりく」選手。
33歳と24歳の二人から多くの事を教えられ学んだのは私たちだけではないと思います。
「二人」と言う関係性、特に男女だと世間一般ではスポーツ競技や音楽の演奏であっても「夫婦?」とか「付き合ってる?」と言う面に関心が集まり、競技や演奏より先に先入観を持ってしまいがちです。確かに私たち夫婦のような「デュオ」の演奏活動をしている人も多くいます。信頼関係が愛情と重なるのは自然なことです。もちろん恋愛感情なしでパートナーになっている人たちにも尊敬の気持ちを持っています。自分たちの目指す演技・演奏に近づき、さらに高いステージを求める「ふたり」と言う関係は口で言うほど生易しいものではないと思います。お互いに人間として感情がぶつかることもあります。その状態で演技や演奏はできません。解決しながら先に進む時間と環境も必要です。
日本のフィギアスケートの「ペア」が今後さらに盛んになるか?一時的なムーブメントで終わるのか?誰にもわかりませんが狭い意味の「家族観」や「男尊女卑」の考え方を持つ人には絶対に理解できない世界だと思います。人を率直に感動させる行為こそが「人として」正しい行動・思想だと思っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
コメントを残す