メリーミュージックブログ

演奏家夫婦が優しく丁寧に指導

TEL.042-782-1922

※原宿南教室〒252-0103
神奈川県相模原市緑区原宿南2-26-1

演奏に足りない「味つけ」とは?

演奏に足りない「味つけ」とは?

このエントリーをはてなブックマークに追加

私は食通とかけ離れたの「食いしん坊」です。味音痴…かも知れません。ただ「美味しい」と感じるものを食べる・飲むことが大好きです。そんなバカ舌の私が料理の素材や料理=調理の事をテーマにするのもどうかな?と思いましたが、音楽を何かに例える時一番誰にでも理解してもらえるのが「食べること」なので書いてみます。

楽譜に書かれた事を忠実に・正確に音にするだけが音楽ではないと思います。演奏に聴衆が求めているのは「感動」です。聴く人のほとんどは演奏している曲の楽譜を見たこともない一般の人です。だからと言って作曲家の書いた楽譜を軽視して良いと言う意味ではありません。楽譜に書き表すことのできない「音質=音色」や「揺れ」「繊細な音量の変化」が聴く人の心に感動を与えるのだと思っています。
料理に例えるなら「味」「舌触り」「温度」「固さと柔らかさ」などの微妙な違いと組み合わせです。料理に好みがあるように、音楽にも好き嫌いがあります。子供の頃に食べた「母の手料理」が一生涯忘れられないと言う人は多くいます。「ソウルフード」という言葉があるように人それぞれに「思い出の味」があります。美味しい・まずいと言う評価ではなく「記憶に残った料理・味」があるものです。
演奏に関して言えば多くの人にとって共通の音楽はありません。
むしろ初めて聴く音楽や知らなかった楽器の音色を大人になってから聴く人も多いのが現実です。それなのに聴いて心地よく感じ感動する音楽・演奏もあれば、何も感じない「無味無臭」のような演奏もあります。初めて口にする料理、それまで味わったことのない味に感動することもあれば「二度と食べたくない」と感じる場合もあります。
演奏者は何に心を配って演奏すれば聴いてくれる人に喜んでもらえるのでしょうか?

一流と呼ばれる料理人が良く口にする言葉に「料理は愛」について。
愛を定義するのは哲学的過ぎるのですが、少なくとも食べてくれる人への「思い」であることは確かです。家庭の料理がその一つとも言えます。例外はありますが、手作りで見た目も良くない「家庭料理」であっても家族への思いが込められています。どんなに質素な料理でも食べる人のことを考えて作った料理です。音楽で言えば「聴く人への思い」です。自分の演奏を聴いてくれる人が喜んでくれる演奏を目指すこと。一人でも多くの人に感動してもらえる演奏を目指す。
聴く人にとって演奏者がどんな準備=練習をしたのか?わからないのですが、その演奏が自分=聴く人に向けられているか?演奏者の自己満足なのか?は感じられるものです。演奏技術はわからなくても「こだわり」は伝わるものです。簡単に言えば「うまい=じょうず」よい「きれい」や「引き込まれる」ことが大切だと思うのです。
うまいか?へたか?わからなくても、聴いていて「つまらない」「汚い」「うるさい」「飽きる」と言ったマイナスの印象を与えないことが重要だと思っています。
「グルメ」と言われる料理の評価にも大きな幅=違いがあります。
店員の対応、店内の環境、価格などすべての面で経験を積んだ複数の人の評価で「星」を決めるグルメ評価もあれば、怪しげな口コミと書き込みだけで評価をつけるものもあります。
最後は自分の感覚で美味しかった=良かったと判断することになります。音楽も同じです。聴く人の感性で評価は変わります。
だからこそ演奏する人は誰が聴いても美しいと感じ、感動してくれる演奏を目指す「心構え」が必要不可欠だと思います。
漫然と自分の演奏に妥協し人前で演奏することは、あってはならないことだと自戒しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

« »

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です