私が大好きな演奏家たち。ベルリンフィル12人のチェリスト。
ベルリンフィルハーモニーの歴史や演奏の素晴らしさをご存知の方多いと思います。
この12人のチェリストの演奏も50年以上の歴史を持っています。
サントリーホールでのコンサートに行った時「絶対!ステージのどこかにヴァイオリニストが隠れ弾いてる!」「いや、バンドネオン奏者も隠れている!」って冗談半分ですが、本当にそんな気がするほどでした。期待を裏切らない演奏とパフォーマンス。演奏者たちが運営するデジタルコンテンツもありますが、世界中で演奏活動をする演奏はYouTubeにもいくつか見つけられます。
動画を見て・聴いて彼らの演奏技術の高さに憧れるのはもちろんですが、一体全体なにが?どう?他の演奏と違うのか色々考えさせられます。そもそもベルリンフィルのメンバーになることは演奏者として最高の名誉ですが、当然、入団するための狭き門は国際コンクールで上位、あるいは優勝した人であっても簡単に通過できるレベルではありません。研修制度もあり、そこでもまた「ふるい」にかけられます。世界の頂点として長い長い歴史を持つオーケストラの底力は個人の卓越した技術と協調性・人間性の面でも「超一流」だと言えます。
演奏技術もさることながら彼らの演奏する曲のアレンジ=編曲がまた素敵です。
彼らだから出来ることを知り尽くしたアレンジャーが書き下ろす楽譜を、誰にも真似のできない技術・パフォーマンスで聴衆を魅了します。その演奏には「クール」に感じる一面があります。冷たいと言う意味ではなく「冷静」で「知性的」という意味です。通常であれば難易度の高い曲を「頑張って」演奏する場合に身体の動きと表情に頑張ってる感(笑)が出るものです。
むしろ簡単な楽譜を世間話をするように「ひょうひょう」と演奏しています。
違う言い方をするなら「暑苦しくない」「自由に楽しんでいる」ように感じます。
その意味ではヴァイオリニストのハイフェッツやオイストラフ、ミルシュテインの演奏も出てくる音楽とは裏腹に「なんでもないけど?」と言う印象の演奏動画を見ることができます。
見た目のクールさとは裏腹に表現される音楽には人間の自然な暖かさ、情熱を感じます。
これが「ホット」と感じる部分です。しかも音楽によって聴く人を笑顔にしたり、思わず「かっこいい!」と叫びたくなる表現、なぜか涙が溢れ出てくる切なさや悲しさも感じます。
映像がなくても伝わる感動は彼らの演奏能力の高さを表しています。12人も演奏者がいれば、感性も違い主張の仕方も違うはずなのに「一体」になれるのは何故でしょう?
同じ編成=12人で演奏している他の演奏者と何が違うのか?
想像で言うなら「歴史の重さ」と「同じ釜の飯を食う人」の絆だと思います。
50年以上続くアンサンブルは、メンバーの入れ替わりがあります。多くの場合には「もっと!」と言う意識が強くなりすぎて先人の残した「伝統」を壊すことの方が多く見受けられます。しかしただ単に「伝統を守る」と言う保守的な発想だけではないと感じます。新たなことに挑戦し続ける精神を全員が持っているから引き継がれるのが伝統です。
普段はベルリンフィルという大きなアンサンブルの中の1パートとして、他の楽器の演奏者と意見を交わし「マエストロ=指揮者」の意図をくみ取りながら一つの音楽を築く「協調性」が彼らから感じられます。チェロパートと言う「ファミリー」があり、さらにベルリンフィルという「社会」の中での自己と相互の関係を築くのは個人の意識の高さこそが重要です。
決して突出せず埋没もしない。迎合も妥協もせずにお互いを認め合いながら自分の能力を高める心が「一体感」を生み出しているのだと思います。同じ目的を達成する「仲間」が奏でる音楽は決して一人では作れません。逆に一人ずつの演奏技術が高くなければアンサンブルのクオリティは高くなりません。音楽に向き合う気持ちを共有することは一番難しいことです。
これからメンバーが入れ替わってもこのアンサンブルは聴く人を楽しませ、さらに高いステージに上って行くと確信しています。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
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