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「好みの違い」はどこから生まれる?

「好みの違い」はどこから生まれる?

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今回のテーマは「好み」が人によって違うことを掘り下げるものです。音楽でも食事でも人それぞれに好き嫌いがあるのは当たり前のことです。それは自分以外の人に対しても言えることです。「私は嫌いな人は一人もいない」って人を見たら正直「ホント?」って思ってしまいます。理想的には嫌いなものがひとつもない人間…かも知れませんが不自然な気がします。嫌いではなくても好きではないとか、こちらの方が好きと言う感覚はあって当然だと思います。
同じような環境で育った兄弟でも好き嫌いは違うものです。双子の姉妹でもそうだと聞きます。何から何まで好みが同じ人は恐らく存在しないと思います。
では何故?いつの間に?人の好みは決まるのでしょうか?
離乳食を食べ始めた頃の乳幼児でも味の好き嫌いがあり、人の好き嫌いがあります。本能的に母親の声や匂いが一番安心できる事は誰でも想像できます。ただ今まで味わったことのなかったはずの離乳食の中で好きな味・舌触り・匂いはどうしてあるのでしょうか?

以前「臭いと感じる匂いはその人にとって有害な匂い」と言う話を聞いたことがあります。ただ必ずしも害があるとは思えない気もします。例えば納豆の匂いが嫌いな人にとって発酵食品や大豆が有害だとは思えません。納豆が好きでもブルーチーズの匂いは我慢できないと言う人も珍しくありません。
生理的に嫌い!と言う言葉も耳にしますが根拠となる事実はなさそうな気がします。ただなんとなく嫌い…言葉に出来ないけれど嫌いという事はいくらでもあります。逆に何故か大好きと言うものもたくさんあります。
好きだった物が嫌いになったり、逆のケースも良くあります。好みが変わるのも生きていれば経験することです。この「変化」がどうして起きるのかを考えると何故好きになったのか?嫌いなのか?の謎を紐溶ける気がします。

好みが変わるきっかけがある場合もあります。
「食わず嫌い」もその一つです。先入観があって嫌いと思い込んでいた食べ物や音楽は子供の頃にはたくさんありました。初めて食べた時に「まずい」「嫌い」と感じた食べ物や音楽は次に同じものを食べたい・聴きたいとは思いません。二度目に我慢して食べたり聴いたりして判断が変わる場合もあれば「やっぱり嫌い・無理」と思うケースもあります。嫌いだった食べ物や音楽を好きになる共通項は「経験」することです。何回も嫌な経験をすることもありますが、「嫌いな食べ物や音楽」が「実は美味しい!好き!」と変わる経験ですね。
人間の五感「視覚・嗅覚・味覚・聴覚・触覚」は成長と共に変化します。多くの場合は徐々に鈍くなると言われています。ただ人間の視覚は乳幼児の頃には非常に鈍い=視力が悪いのが普通だと言われています。加齢と共に聴覚、視覚が衰えるのは一般的に知られています。
嗅覚を使って香水の調合をしたりワインの香りを嗅ぎ分ける職業の人もいます。もちろん犬や猫の嗅覚には及びませんが。視覚も空を飛ぶ「鷹」などは数キロ先の小動物を見分ける視力があると言われています。聴覚も人間が感じられる範囲より遥かに高い音を聴くことが出来る生物はたくさんいます。そんな人間の五感と脳の記憶が繋がって「好み」が生まれます。

察するところ人間の好き嫌いに明確な違いは見つけられないと思います。記憶した物の名前と経験が「これは好き」「これは嫌い」と分類している事の方が多いと思います。
先入観を持たずに名前さえ知らない料理を初めて味わった時「何かに似ている」物を探そうとします。味覚の種類=塩味・甘味・苦味・うま味(これも入るようです)の組み合わせと匂い、食感=舌触り・噛み応えなどを感じて「好きな食べ物」かどうかを無理やり決めようとします。分析しているわけではないのでその料理の名前と「好き・嫌い」を記憶しています。
音楽もよく似ています。「これはクラシック音楽です」と先に伝えられて聴いた音楽がつまらない・面白くない・楽しくないと感じれば記憶として「クラシックは嫌い」と残ります。クラシックって何?(笑)
戻ってしまいますが中華料理が苦手と言う人に中華料理ってどの食べ物の事?と尋ねて答えが正しく言える人はいません。そもそも分類自体が曖昧であり中華料理の定義さえ人によって違うのですから。
クラシック音楽にも厳密な定義はありません。さらに言えばベートーヴェンが作曲していた当時のベートーヴェンの作品は「クラシック」ではなく「現代曲」だったはずです。バッハでもストラビンスキーでも同じです。多くの人は演奏のスタイルでクラシック音楽が決まっていると勘違いしています。オーケストラでゲーム音楽を演奏した場合、クラシック音楽ではありません!が子供がその音楽を聴いていると親は「我が子もやっとクラシック音楽に目覚めたか!」とぬか喜びしていた話は有名です。

最後に今現在嫌いな音楽や食べ物がある人の場合を考えます。
もちろん何歳になっても好き嫌いがあって当然です。
死ぬまで一度も口にしないと決めた料理があっても誰も咎められませんし不幸だとは思いません。音楽も同じです。一生演歌は聴かない!ヴァイオリンでポピュラーは弾かない!と決めて誰かが困る?(笑)
一方で演歌が大好きな人からすれば「なんで?演歌の何が嫌いなの?」と考えるものです。先ほどの中華料理の話ですね。
好きな食べ物・音楽に巡り合えた人は楽しみ・幸せを一つ多く見つけたことになります。好きな食べ物だけを食べ続けても絶対に!飽きない人は恐らくいません。音楽は食べ物と違って聴かなくても死にません(笑)から、一生1曲の演奏だけを聴き続けても健康には問題ありません。他の人から見れば「可哀そうな人」と思われるだけです。
どんな音楽、どんな演奏も嫌いになる客観的な理由はない事。自分が嫌いな音楽と好きな音楽に共通点が必ずあること。
演奏する楽器に不向きな音楽もあると思います。。それさえ人によって判断が異なることです。
他人の価値観を否定せず、自分の好きなものを増やすこと。
そんな生き方をしたいと願っています。
最後までお読みいただきありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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