動画は韓国のキム・ヒョグン氏の作品した「初恋」をヴァイオリンとピアノで演奏したものです。「韓国人の作った音楽なんか」と感じる人にこのブログを読んで頂ければ嬉しいです。
音楽は言語と違って「物」「人」「出来事」を具体的に表しません。
演奏する人も聴く人も自由に想像をふくらませることが出来る「音」です。
そもそも人類は地球と言う星の上に誕生した生物の一種です。私たちの周りにある草花、虫、鳥と同じです。唯一、それらの生物と違うのは「無意味に他の生物を消滅させる」生き物だという事です。人間は知能が高い!さて?どうでしょうね。お互いの意志を伝える生き物はたくさんいます。文字を使うのは人間だけですが、人間にはできない方法で意志の伝達をする生き物、人間より優れた嗅覚や聴覚、視覚を持った生き物は人間より劣っているでしょうか?
地球上で起きる自然現象は人間が考えて創り出したものではありません。その自然の「摂理」は誰が決めたものでもありません。知恵や知能に関係なく「宇宙」の一部として変化し続けています。
さて人間が音楽を作り、演奏し、聴くと言う行為から「自由」を取り除いてしまったら?どうなるでしょうか?
感情を「音」にしたものを音楽だと考えれば音楽の感じ方は人間の数だけ存在することになります。自分の感情でさえ自分でコントロール出来ない人間が他人の感情を左右できるはずがありません。感情は知能のレベルで変わるものではありません。犬や猫にも感情があると思います。もしかすると草木にも感情があるのかも知れません。私たちがまだ理解できていないだけかもしれません。他人の感情を考えずに価値観、美意識を押し付けるとしたら。
人間同士の関係の中で「主従関係」「序列」があるのも事実です。野生の動物に明らかに「弱肉強食」の関係があることを考えても理解できます。しかし、意味のない序列、本人同士の望まない主従関係は他の動物にはありません。必要ななく他人を傷つける生物は人間だけです。
音楽を作り演奏し聴く自由を奪う人間がいます。
思想や政治を理由に演奏する音楽を制約し、従わない音楽家を弾圧し排除することが、過去の日本でも「戦争」の時期にありました。
「敵国の音楽」を演奏すれば非国民だと言われ、謂れのないレッテル「共産主義者」とか「反日」と迫害を受けた日本人がいたことを忘れたのでしょうか?国民の戦意をあおるための「軍歌」だけが演奏を許される社会がどれほど異常な事なのかを考えれば、二度と音楽の自由をなくさない国であって欲しい願うだけです。
時代、地域、国を超えて人間の感情を自由に表現できる社会が失われないことを心から願っています。
ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介
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