メリーミュージックブログ

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「~ような気がする」落とし穴

「~ような気がする」落とし穴

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 今回のテーマは人間の思い込みと現実に目を向けたものです。
音楽を演奏する時、練習する時にも演奏会で演奏する時でさえ常に自分の演奏に心の底から「満足」出来ることはほとんどありません(私の場合です)
 自分の「実際の顔」を自分の目で見ることは不可能です。鏡やガラスに映った顔は実物ではありませんし、カメラやビデオで撮影した自分の顔も実物ではありません。
 体調の変化を感じる時にも「少し熱があるような気がする」実際に体温計で張ってみると実際に微熱だったり実は平熱だったりと結果は様々です。
 微妙な違いに気が付く感覚も次第に慣れていくと感じなくなることがあります。
「小さなこと」にこだわる性格の人と「たいしたことじゃない」と思える人がいます。
バランス=程度の問題で偏った人の場合「神経質」か「粗雑」と言う分類になります。
 そもそも思い込む=気がすると言う状態は推測あるいは想像している状態で実際に検証した客観的な事実を知らない時、知った後でも納得出来ない時に感じるものです。

 ヴァイオリンの「音」「楽器の価値」について科学的な調査や実験が世界中で行われています。時代と共に調査方法が進化しています。昔は人間の目と耳で感じたり考えたりした事だけでした。どんな経験豊かな専門家や演奏家、楽器製作者でも感覚=主観的な結果でしかありません。現代の科学でヴァイオリン=楽器を調査する方法としてCTスキャンやMRIで楽器の内部=人間の視覚や触覚では感知できないを画像化したり、使用されている木材の組織を分子のレベルまで調べることが可能になりました。近い将来にはさらに細かい事まで分析できるでしょう。「それは科学」と否定する人もいますが私たちの身の回りでも珍しい事ではありません。昔は「血液型」さえ精度が低く曖昧なものでした。事件現場に残された血痕から血液型を調べ、それが犯人逮捕の証拠になっていました。現代はDNA情報で精度が以前の何万、何億倍と言う精度になり誤認逮捕が激減しました。
 楽器の木材としての寿命=楽器としての寿命もコレクターや演奏家の思いとは無関係に
化学分析と統計によって明らかにされています。作られた直後から木材の細胞、組織が常に変化します。表には現れていなくても「分子レベル」で解析すれば劣化は常に進んでいます。どんなに大切に管理しても木材は変化しやがて寿命を迎えます。
 もちろん「用途」によって寿命を過ぎても問題のないケースもあります。
「見た目」を楽しむ美術品であればどんなに劣化した木材でも表面的な大きな変化はありません。ただ「楽器」として木材自体が振動して音を出す場合、組織の劣化は致命的です。「それでも良い楽器だ!」確かに歴史的な価値は上がるものですが現実に出る「音」は木材の変化と共に変わるのです。演奏者が対応すれば?それも可能です。より低いテンション=張力の弦を張り、弱い圧力で弓を乗せれば「独特」の音が出せます。ただそれは「独特」な音でありその楽器の以前の音とは明らかに違う音です。
 古い楽器の良さに固執する人は「新作」の楽器に否定的です。しかしそれは「良いような気がする」と言う思い込みだと言えます。古い楽器も新しい楽器も経年変化します。変化しないヴァイオリンは存在しません。仮に材料である木材を伐採してから「100年後」の楽器だけを集めて演奏した「平均」的な音色と、その楽器をさらに100年経ってから同じ条件で比較した結果を知っている人がいるならば「平均的な楽器の最盛期」が分かるかも知れません。が現在そのような統計データはありません。手を触れずに美術館に飾っておいただけのヴァイオリンでも劣化します。演奏に使用すれば変化は早まります。当然劣化も早くなります。

 楽器の音、自分の演奏を観察して感じる「印象」は一定のものではありません。
どんなに経験のある人でも同じことです。聴覚は日々刻々と変わります。体調によっても変わります。視力検査の結果も同じです。その時々で結果が変わって当たり前です。
 自分の感覚を過信しない・でも何よりも大事にする。
矛盾する事ですがこれも「バランス」の問題です。音色や音量に「感じる」感覚は大切ですが一喜一憂したり偏った「理想」は精神的な健康を害するリスクもあります。
また人間関係を壊すことにもなりかねません。主観で人を批判する場合「表現の自由」と認められるケースと「名誉棄損」に該当したり、相手=批評された人を傷つけることもあります。感じたことをそのまま相手に伝えることを「正直」とは言いません。「無神経」と言うべきです。
 自分の感性・感覚を大切にしながら、自分以外の人の言葉を聴くことは簡単そうでとても難しいことです。すべては「主観=個人の感覚」です。科学的な分析結果ではありません。自分の演奏について少しでも客観的な事を知りたいなら「鏡を見る」よりも「録音を聴く」ことをお勧めします。鏡と同じで「実物」ではありません。マイクの性能、ヘッドホンの特性で音が変わるからです。それでもただ楽器の音をいつものように聞くより冷静に分析できる利点があります。

 理想は理想。現実は別物です。自分の理想は自分だけの感性です。
それを評価するのも自分の感性です。他人の評価は他人の理想に基づくものです。
その意味で音楽はすべて「自己満足」の表れだと言えます。もちろん満足していなくても理想=目標を他人に示す必要などありません。聴く人の感性で「よかった」と思ってもらえればラッキー!なのです。同じ演奏を聞いた人でも「全然よくない」と思う人がいるのも「あたりまえ!」なのです。自分の理想も常に変化して当然です。練習だけに人生の大切な時間を使うのも自由です。私は「生活しながら感じた感覚」を大切にしたいと思っています。練習は理想に近づくための時間ですが、理想を見つけるための時間がなければもったいないと思っています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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