慣れ親しんだ自分の楽器が一番!

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 映像はパラディスが作曲した(と言われる)シシリエンヌ。デュオリサイタル11代々木上原ムジカーザでの演奏です。ヴァイオリンの音色は演奏者によって大きく変わります。それ以前に楽器固有の音色には、すべての楽器に個体差があります。その個体差を「バラツキ」と言う負のイメージで考えることは間違っています。すべての楽器には本来、個体差があって当たり前なのです。特に電子部品を一切使わない楽器の場合、素材の個体差、組み立てる際の違い、調性による違いがあって当たり前なのです。まったく同じ楽器が二つ、存在しないのは人間や動物、植物と同じです。どの人間が一番優れているか?と言う議論は現代世界では愚かな人間の浅はかな考えです。その意味でも、ヴァイオリンの中で「どれが一番良い」と言う発想そのものが根本的に間違っています。むしろ、その評価をする人間の「感覚」そのものが「個人差」そのものなのです。
 私にも「一番好きな楽器」があります。それが自分が今使用している楽器です。このヴァイオリンとの出会いは以前のブログにも書きましたが、私が13歳の時にさかのぼります。それ以来、約50年間この楽器と一緒に音楽を奏でています。ヴィオラは陳昌鉉さんの作った楽器で2010年にめぐり逢い、現在12年目となりました。このヴィオラも私にとって、唯一無二の存在です。
 生徒さんたちに新しいヴァイオリンを紹介、斡旋する時にお話しすることがあります。「楽器との出会いは一期一会」つまり、出会いがすべてだという事です。いくつかの楽器の中から「ひとつ」を選ぶ作業を「選定」と呼びます。それぞれの楽器に個性があります。差が大きい場合も、小さい場合もあります。違いが音量の場合も音色の場合も、ネックの太さやボディのふくらみの違いの場合もあります。ニスの色も違い、形も違う場合もあります。当然価格も違います。
 同じ価格の楽器でも当然、個体差があります。生徒さん個人にとって「一番」を選ぶのは、勧める側にとっても選ぶ生徒さんにとっても、とても難しいことです。「好み」だからです。良い・悪いの問題ではないのです。価格の安い・高いは明らかに存在します。見た目の「好み」も重要な要素の一つです。それらすべてが「出会い」なのです。ひとつの楽器を選べば、その他の楽器とは「別れ」をすることになります。それが辛い気持ちも当然です。かと言っていくつも買うものではありません。最終的にどれか一つを選ぶ作業は、「酷」とも思えます。

 先日、長野県木曽町の依頼で、木曽町の所有する陳昌鉉さんが作成したヴァイオリン「木曽号」を使ってコンサートを開かせていただきました。素晴らしい楽器でした。それはお聴きになったお客様からの感想と、演奏後の反応からも伝わってきました。そのコンサートで演奏した「ヴァイオリンの音色」はその場で最高のものなのです。どんな演奏であっても、演奏の際の「音」は他の音と比較されるものではないのです。記憶に残ったとしても、まったく同じ条件で演奏されることは2度とないのですから。その「最高の演奏」に使ったヴァイオリンですが、私にとっては「一番好きな楽器」とは言い切れないのが正直な気持ちです。「それならその依頼を断れば?」と思われるかもしれません。確かにお断りすることも選択肢の一つかも知れません。ただ、陳昌鉉さんが初めてヴァイオリンを製作し始めた場所である「木曽福島」に感謝の気持ちを込めて贈呈されたヴァイオリンを「誰かが演奏する」事は、楽器にとっても木曽町の方々にとっても「必要不可欠」な事なのです。木曽町が所有する以上、個人の演奏家が常に演奏するべきものではありません。それが偶然、私だったのですからお引き受けさせて頂くのは光栄なことだと思います。その楽器に「ケチ」をつけるつもりは1ミリもありません。私の楽器のほうが優れているとも思いません。単純に「好き嫌い」の問題です。嫌い…ではないので、「好み」です。

 どんな違いあるのか?一つは「弦高」の違いです。
糸枕=ナットと駒の高さ、ネックと指板のボディとの「向き・位置」によって、弦と指板との距離、さらにはボディと指板の距離が変わります。そのことによる「押さえた時のピッチ」が全く変わります。
 さらに「ネックの太さ・丸さ」の違いがあります。ほんの数ミリの違いが、演奏者には大きな違いになります。開放弦を演奏するだけなら、なにも変わりません。弦を押さえ、弓で弾いた時に出る「音」の問題です。
 当たり前ですが、弦楽器は自分で音の高さを「決める」楽器です。楽器によって、押さえる弦の場所が微妙に違います。同じ高さの音でも、楽器によって音色が違います。自分の「耳」で探すピッチが、見つからない…見つけにくいのです。
 一番、違うのは「弦ごとの音色の差」です。仮に同じ弦を張ったとしても、二つの楽器があれば、4本の弦ごとの「音色の差」が、楽器のよって違います。
それも個体差なので、どれが一番良いというものではありません。
それに慣れることが演奏者の技術です。弦ごとの音色の違いを「利用する」場合と「極力抑える」場合があります。その楽器ごとの「個性」を掴むことがとても難しいのです。ポジションによっても音色が変わります。それらの組み合わせで、最良の指使いと弓の圧力を考えることが求められます。

 どんなに素晴らしい楽器だたとしても、演奏する人間がその楽器を愛することができなければ、楽器も演奏家も音楽を奏でることはできません。
 人を愛する心と同じだと思っています。楽器を愛でることができない人に、音楽を演奏することは出きないと信じています。
 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト・ヴィオリスト 野村謙介

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