同じヴァイオリンでコンクールを実施したら?

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今回のテーマ。少し前にショパンコンクールの素晴らしい配信に寝不足になった人も多いはず(笑)。見ていて、ふと思ったことです。
ピアノのコンクールは、会場にあるピアノで「だけ」演奏し、技術を評価されます。ショパンコンクールや大きなピアノコンクールで、数台のピアノから選べることは、むしろごく稀なケースです。演奏の順番も抽選、楽器も前の人が弾いた楽器で演奏するのが、普通のピアノコンクールですよね。
楽器の違いによる「差」は審査の基準に入りません。もちろん、審査員の好みはあるでしょうが、演奏者がみんな同じ条件なら、審査には影響しません。
ある意味で「公平公正な基準」です。これは、コンクールに限った話ではありません。音楽学校の入学試験も同じです。入学してからの実技試験でも一つのピアノでみんなが演奏します。

ヴァイオリンヴィオラ、やチェロのコンクール、試験はどうでしょうか。
各自がそれぞれの楽器で演奏します。それが「当たり前」だと思われてきました。私自身も、入学試験の時、音楽高校・大学での実技試験で常に「自分の楽器」で試験に臨みました。
ピアノの試験とは大違いです。
全員が違う楽器で演奏しています。審査する人は、誰がどんな楽器を使って演奏しているかを知らされていません。仮に、自分の教え子が試験やコンクールに参加していれば、当然の事として教え子の使う楽器は知っていますが、審査には参加できなかったり、仮に不公正に高得点を付けたとしても、除外されたり、最高点・最低点を付けた一人分の審査点数を除外することが一般的です。
つまり、「楽器による違い」も審査の中に紛れ込んでいることになります。
それが「審査員の好み」という言葉で済ませてしまうのは、ピアノとは大きな違いです。むしろ、楽器の選択を参加者の「技量」にするのは間違っていると思います。弦楽器の場合、恐ろしいほどに楽器の価格に差があります。楽器と弓、あわせて数万円のものから、あわせて数億円になるものまであります。
私は以前にも書いた通り、高い楽器が良い楽器だとは思いません。むしろ否定的です。試験やコンクールであっても、それは変わらないと思います。
ただ、参加する側はそれぞれに環境が違います。
ある人は家庭が大金持ち(ストレートでごめんなさい)で、自分の好きな楽器、好きな弓を自由に選べる環境。
ある人は家庭が貧しく(ごめんなさい)数万円の楽器を買うのでさえ、日々の生活を切り詰め、必死で働いてようやく楽器が買える環境。
この二人が、同じコンクールで、同じ曲を演奏します。
価値観は人によって違いますから、それぞれの「基準」で考えるのが当たり前です。そのことには異論はありません。数万円の楽器であっても、誇りをもって演奏する人もいるはずです。どんなに高い楽器を与えられても、満足しない人もいます。それもその人の「価値観」です。これを読んで「なんでもかんでも平等主義者か!」と思われるのは不本意です。そんな意味ではありません。仲良くみんなで横一列に手をつないでゴールする「かけっこ」なんて、見たくもない人間です。人それぞれの、得手不得手や能力の差があるのが人間ですから。

コンクールや試験を、ピアノと同じように「決められた楽器」で演奏することは、弦楽器でも可能です。「急には慣れない」とか「人の弾いた楽器は弾きにくい」とか。それをピアニストはいつも!乗り越えていますが?
「普段、練習している楽器で演奏するのが弦楽器だ!」それも嘘ですよね?現に、試験やコンクールの時だけ、お高い楽器を借りて演奏する人もいますし、多くの弦楽器奏者が楽器を何度も買い替えていませんか?満足していないからですよね?ピアニストがみんな、スタインウェイやベーゼンドルファーで練習していますか?ショパンコンクールの直前に、「紙鍵盤」で練習している参加者を見ませんでしたか?
「弦楽器のコンクールや試験は、そういうものだ!」と言うご意見は単なる「慣習主義」です。本当に演奏者の技術、音楽性を比較するのが目的なら、同じ楽器で演奏するのが最善だと思いますが。
きっと、今までの弦楽器コンクールとは全く違う「比較」ができるでしょうね。
入学試験こそ!楽器の差を審査基準に入れないことが、これからの時代に必要なことだと思いますが、ダメ?ですか(笑)
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ヴァイオリニスト 野村謙介

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