ヴァイオリニストのヴァイオリン

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今回のテーマ。当たり前すぎて笑えますが…
プロであれアマチュアであれ、ヴァイオリンを演奏する人の「楽器」であるヴァイオリンは、演奏者の好みで選ぶものです。ピアニストがホールのピアノの中からしか楽器を選べいのに即座に対応する姿に感服します。

とは言え、現実には経済的に自分の理想の楽器を手に入れることは無理ですよね。プロのヴァイオリニストが楽器に使えるお金。日本の多くのプロヴァイオリニストの収入は、同年代のサラリーマンより、ずっと低いのが現実です。むしろ、アマチュアヴァイオリニストのほうが高い楽器を購入できる場合もあります。例外的に、ソリストとして高収入を得ていたり、財団などから貸与されたりする場合もありますが、一握りのプロの話です。


自分の楽器に愛情を注ぐことが、ヴァイオリニストの当然の姿です。
不満を持ったままの相手と一生を添い遂げたいと思う人はいないのと同じことです。仮に、自分の楽器を思うように操れないとすれば、楽器の責任ではなく、自分の能力の低さが原因なのです。では、楽器ならなんでも良いのでしょうか?

もちろん、楽器のポテンシャルはすべての楽器で違います。
まったく同じ「個性」の楽器は世界中に一つもありません。
楽器を製作する人間(職人)の魂が込められれば込められるほど、その個性は特徴的なものになります。逆に言えば、大量生産の楽器には、ほとんど個性がありません。
ストラディバリウスは最高のヴァイオリンでしょうか?
私は数回だけしか演奏したことはありません。
聞いたことは?きっと皆さんと同じくらいに、たくさんあります(笑)
で?私はストラディバリウスが世界で最高のヴァイオリンだとは思っていません。理由はたくさんありますが、現実としてストラディバリウスの音色を、ほかの制作者の作った楽器と「一度ずつ聞いて」言い当てられる確率は…
50パーセント!5割!半々!ヴァイオリニストでも制作者でも結果は変わりません。自分が使っているストラディバリを誰かが演奏したら?100パーセント正解できます。個性はあります。そして、歴史的に優れたヴァイオリニストだけがストラディバリウスの楽器を演奏してきているので、楽器が鳴ります。当たり前です。

本題はこれからです(笑)
自分にとって自分のヴァイオリンが「最愛のヴァイオリン」です。
借り物のヴァイオリンを、心の底から愛することはできません。
「かりそめの愛」また「愛人」あ。ごめんなさい。
誰かにヴァイオリンを「借りて」演奏することがあります。
ある時は、コンクールで上位に入るために、ある時はその楽器を使ったコンサートの「演奏者」として依頼されたとき。後者の場合「お仕事」として受け入れることなります。
結果がどうであれ、私は「ヴァイオリン」が可哀そうに思えてなりません。

私自身が使っているヴァイオリンは、父があちこちに借金をして買ってくれたヴァイオリンです。私が中学2年生の時でした。練習もいい加減にしかしない「サラリーマン家庭の普通の男の子」に買ってくれた父の「度胸」に今更ながら感謝しています。1808年に作られた、鑑定書のあるイタリアの作家が作ったヴァイオリン。サンタ・ジュリアーナという職人さんの楽器です。
私には十分すぎる楽器です。50年近くお付き合いしていても、時々ご機嫌を損ねて、いじけた音で「そうじゃなくて!」と私に激を飛ばします。
今まで、ほかの楽器のほうが良いと思ったことがありません。
それが、楽器との出会いだと思っています。
運命の出会いは、人とだけではありません。
ヴァイオリンを「もの」として考えるか「生き物」として考えるかの違いです。

11月にご縁があって、私のヴァイオリンとは違う楽器でコンサートを開くことになりました。「友達」になれるかどうか?その楽器の良いところを探しながら、あと1か月、練習します。終わったら12月1月のリサイタルに向けて、「ジュリアーナ」と会話します!
ヴァイオリニスト 野村謙介


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